2026年9月23日(火・祝)に実施された第1回学校別サピックスオープン(早稲田)の国語を、全問解説します。大問一は額賀澪(ぬかが・みお)さんの物語文『君はレフティ』(小学館)、大問二は吉岡友治(よしおか・ゆうじ)さんの説明文『ヴィジュアルを読みとく技術―グラフからアートまでを言語化する―』(筑摩書房)です。物語文は、事故で記憶を失った高校生が「以前の自分」と出会い直す話で、言葉の裏にある気持ちを読み取る力が問われました。説明文は「絵や写真」と「言葉」がそれぞれ何を得意とするかを比べる文章で、対比の軸をつかめるかが勝負です。この記事では、登場人物の関係や筆者の論の流れを情景アニメ入りの図解動画で整理してから、各設問を根拠つきで解いていきます。
出題構成と全体の講評
- 大問一は物語文(額賀澪『君はレフティ』)、大問二は説明文(吉岡友治『ヴィジュアルを読みとく技術』)の2題構成です。60点満点で、大問一の配点がやや大きくなっています。
- 記述は二問です。大問一の問3(空欄二つ・それぞれ十五字以上二十字以内、指定語「日常」「劣等感」)と、大問二の問3(二十五字以上三十字以内)です。どちらも「本文の言葉をどうつなぐか」が問われました。
- 抜き出しが多いのも特徴です。大問一の問5(二文の最初の七字)、大問二の問1(十四字・九字)、問5(五字・六字)と、字数ぴったりの言葉を本文から正確に探す力が必要です。
- 大問一の問7は「すべて選ぶ」問題です。正解の数が決まっていないので、選択肢を一つずつ本文と照らし合わせる丁寧さが得点を分けます。
大問一は「記憶を失う前の古谷野(こやの)は、どんな人間だったのか」という問いが全体を貫いています。答えは、生駒(いこま)が語る「シャツの襟も袖も綺麗だ」という一言の中にあります。大問二は「ヴィジュアル=二次元・一瞬で全部見せる」「言葉=一次元・一方向にしか流れない」という対比を最後まで持ち続けられるかがカギです。最後に筆者は、言葉の「不自由さ」を「豊かさ」に反転させます。
大問一 物語文 額賀澪『君はレフティ』
あらすじ 「古谷野が生きててよかった」
高校二年生の古谷野真樹(こやの・まさき)は、事故で記憶を失っています。親友だった生駒桂佑(いこま・けいすけ)の家で、湯気の上がる薄いブラックコーヒーを出されますが、古谷野にはその味の記憶がありません。生駒は「お前、うちに来るとこの薄いブラックコーヒーを美味いって言って飲んでた」と言い、高校に入学してすぐの頃の話を始めます。
生駒は、同じ中学出身の生徒から「お前、もうホームレスみたいな学ラン着てないんだな」と言われたことがありました。家が貧乏だと古谷野に知られたくなかったけれど、何も言われないのもきつくて、生駒は自分から、何でもないことのように話したのです。そのとき以前の古谷野は、「生駒は自分を普通じゃない家庭で育ったまともじゃない奴って思ってるかもしれないけど、お前のシャツの襟も袖も綺麗だ」と返しました。何年も着ているワイシャツの袖が汚れていないのは、ちゃんと洗濯してアイロンをかけているからで、「お前はちゃんとした家のちゃんとした子だ」と。
その話を聞いて、古谷野は「古谷野真樹とは、なんていい奴だったのだろう」と思います。けれど今の自分は、さっき生駒の部屋を見て、生駒の言葉を聞いて、一瞬「引いて」しまった。帰り道、自転車をこぎながら、古谷野は自分を「最低だ」と何度も非難します。そして「もし、今日俺が死んだら」と考え、来た道を全力で引き返して、ぼろぼろのアパートの前で生駒に深く頭を下げます。「俺、さっきお前に引いてた」。生駒は怒った顔はしていませんでした。目を赤くして、「古谷野が生きててよかった」と繰り返します。
以前の自分がわからず戸惑っている
「そういうことを咄嗟に、さらりと言える奴」
「何でもないんだという顔」で本心を隠す
何年も着たワイシャツの袖が汚れていない
場面は「生駒の部屋でコーヒー」「生駒の昔話」「帰り道の自己嫌悪」「引き返して謝罪」「生きててよかった」と進みます。古谷野の気持ちは、以前の自分を知って一度は温かくなりますが、自分が生駒に「引いた」ことを思い出して底まで沈みます。そこから謝罪を決意し、最後に生駒の言葉で救われます。設問はこの流れの上に並んでいます。
問1 漢字の書き取りと読み
- a オウライ(往来) 人や車が行き来すること。「夜の県道は車の往来が激しく」
- b ユウフク(裕福) お金や物が豊かにあること。「裕」は「衣(ころもへん)」です。「祐」「浴」と書きまちがえやすいので注意しましょう
- c 工面(くめん) お金などを、やりくりして用意すること。「こうめん」と読まないように
問2 空欄 1 に入る言葉
空欄の直前は「笑いながらそう言ったと。生駒の言葉に、嫌でもその場面を想像してしまう。何でもないんだという顔で、 1 」です。ここで大事なのは、生駒が「なるべく、なんてことないように。たいしたことないように」話したという点です。貧しさを気にしている本心をかくして、明るくふるまっている様子が入ります。
- ア「おどけた声で、生駒が話すのを」は、「笑いながら」「何でもないんだという顔」と一致します。
- イ「もうその話に触れるなとにらむ」、オ「怒りを押し殺す」は、明るくふるまう様子と正反対です。
- ウ「嗚咽交じりの声」、エ「しんみりとした声」は、本心をかくせずに表に出てしまっています。
空欄の問題は「空欄の前後に、同じ様子を表す言葉がないか」を探すのが基本です。今回は直前の「何でもないんだという顔で」が決め手でした。
問3 傍線部2「お前のシャツの襟も袖も綺麗だ」は、どのようなことか(記述)
設問は「生駒自身や母親について〔A 十五字以上二十字以内〕ことが表れているのだから、〔B 十五字以上二十字以内〕ということ」という形で、「日常」「劣等感」の二語を必ず使うよう指示しています。
Aは、シャツがきれいなことから分かる事実です。直後で以前の古谷野は、何年も着ているワイシャツの袖が汚れていないのは「ちゃんと洗濯して、アイロンをかけてるから」だと説明しています。つまり、生駒や母親が毎日の生活を手をぬかずに送っている、ということです。ここに指定語「日常」を使います。
Bは、以前の古谷野がその言葉で生駒に伝えたかったことです。生駒は「自分を普通じゃない家庭で育ったまともじゃない奴」と思っていました。それに対して「お前はちゃんとした家のちゃんとした子だ」と言っているのですから、「貧しいからといって、引け目を感じなくていい」という意味になります。ここに「劣等感」を使います。
B 貧乏である環境に劣等感を抱く必要はない(19字)
採点では、Aに「日常をきちんと送っている」という内容、Bに「劣等感を持たなくてよい」という内容が入っているかが大事です。Aに「家事をしっかりしている」とだけ書くと、「日常」という指定語が抜けてしまいます。Bに「気にしないでほしい」とだけ書くと、何を気にしなくていいのか(貧しい環境)が抜けます。指定語は、必ずそのまま使いましょう。
問4 空欄 X ・ Y に入る言葉
Xの文は「いや、そんな X っぽい言葉で、軽い言葉で表現するのは現実逃避だ」です。直前の「ドン引きした」を言いかえています。「ドン引き」のような、はやりの軽い言葉を指すので「俗っぽい」が入ります。
Yの文は「必死に見ない振りをして、一時の Y の迷いだと誤魔化しているのかもしれない」です。「一時の気の迷い」は、そのときだけ判断をあやまったことを表す慣用的な言い方です。
問5 古谷野が以前の自分の姿を初めて明確に認識したことが分かる一続きの二文
生駒の話を聞いたあとの場面に注目します。「古谷野真樹は、なんて返したんだ」と聞いた時点では、古谷野は以前の自分が何を言ったのか想像すらできていませんでした。生駒から「シャツの襟も袖も綺麗だ」という言葉を聞いたあと、次の二文が出てきます。
「古谷野真樹とは、なんていい奴だったのだろう。そういうことを咄嗟に、さらりと言える奴だったのだ。」
ここで古谷野は、以前の自分がどんな人間だったかをはっきりつかんでいます。自分のことを「古谷野真樹」とフルネームで、他人のように呼んでいる点も手がかりです。記憶を失った今の古谷野にとって、以前の自分は「知らない人」なのです。
問6 傍線部3「古谷野が生きててよかった」と生駒が言ったのはなぜか
引き返してきた古谷野は、「俺、さっきお前に引いてた」と正直に打ち明けて謝ります。生駒自身は、古谷野に引かれたことに気づいてさえいませんでした。それでも古谷野は、自分の心の中で一瞬生まれた感情まで「最低だ」と責め、「どうしても謝りたかった」と言いに戻ってきたのです。
生駒にとって、それは記憶を失う前の古谷野そのものでした。相手の苦しみに正面から向き合い、ごまかさない、まっすぐな人間です。記憶はなくしても、その人間性は失われていなかった。だから生駒は、目を赤くして「生きててよかった」と繰り返したのです。
- ア「自分の思いを熱く語る古谷野」「思い出を作れる」は、本文に書かれていません。古谷野は謝っただけです。
- イ「記憶が、ついに回復した」は誤りです。古谷野の記憶は戻っていません。
- ウ「自分を見下したことを謝ってくれた」「ずっと抱いていた怒り」は、生駒が引かれていたことに気づいておらず、怒った顔もしていなかったことと合いません。
- エ「自分の心の動きにさえも、罪の意識を持ち謝罪する古谷野を見て、以前の彼と変わらないまっすぐさを感じ、うれしくなった」が正解です。
- オ「精神的成長を感じ」「誇らしく思った」は、「以前と変わらない」という本文の中心とずれています。
問7 本文の内容として正しいものをすべて選ぶ
- ア「常識はずれなふるまいをする自分に悩んでいる」は誤りです。古谷野は記憶を失っても、世の中に裕福な家庭や貧しい家庭があることなど、常識的な「知識」はちゃんと残っています。悩んでいるのは、以前の自分がわからないことです。
- イは正しい選択肢です。生駒は学ランのことを言われた経験を持ち、家が貧乏だと「知られたくなかった」と話しています。貧しさに引け目を感じていることがわかります。
- ウ「愛情が不足している」は誤りです。古谷野の家は物がそろっていますが、愛情が足りないという描写はありません。
- エは正しい選択肢です。冒頭で生駒は「お前、うちに来るとこの薄いブラックコーヒーを美味いって言って飲んでた」と言っています。
- オ「古谷野に対して劣等感がぬぐえず」は誤りです。生駒の劣等感は自分の家の境遇に対するもので、古谷野に対するものではありません。
「すべて選ぶ」問題で見落としやすいのは、エのように冒頭の会話に根拠がある選択肢です。後半の山場ばかりに気を取られず、本文の最初から根拠を探しましょう。
大問二 説明文 吉岡友治『ヴィジュアルを読みとく技術』
要旨 言葉は「一方向にしか流れない」からこそ豊かになる
写真や絵などの「ヴィジュアル・メディア」と、文字や言葉を比べた文章です。筆者の論は、三つの段階で進みます。
- ヴィジュアルの欠点:写真や絵は、すべての要素が「空間の中で同時に並列される」ので、時間や因果(原因と結果)を直接表現できません。丸・三角・四角が描かれていても、それが並んでいるだけなのか、「丸が三角に変わって最後に四角となる」変化なのかは、見る者の受け取り方次第です。
- ヴィジュアルの長所:その代わり、ヴィジュアル情報は「微妙なゆらぎ」を示せます。言葉は「……である」と「……でない」の二進法のシステムなので、情報が飛び飛びになります。「朱色」を言葉で伝えようとすると、赤や橙と比べる「作業」を何度も繰り返さなければなりませんが、視覚なら「この色だ!」と指させば一瞬で終わります。
- 言葉の長所:ヴィジュアルは二次元的でデータ量が多すぎるため、ミロの絵画を初めて見たときのように「曖昧な印象だけが残る」ことがあります。一方、言葉は一次元的で「一方向にしか流れない」。だからこそ、一回に出てくる情報を仔細に吟味・検討する余裕が生まれ、評価のプロセスが豊かになるのです。
問1 傍線部1「何らかの誘導や工夫が必要」なのはなぜか(抜き出し)
設問の文は「丸と三角と四角で経過を表そうとしても、〔A 十四字〕ため、どう伝わるかを〔B 九字〕に委ねることになるから」です。
Aは、写真や絵が経過を表せない理由です。本文の最初に「写真や絵は、動画でない限り、時間や因果を直接表現できない」とあります。ここから「時間や因果を直接表現できない」(十四字)を抜き出します。
Bは、どう伝わるかを決めるものです。傍線部の直前に「最後に四角となる」という変化や経過として読むのか、は「見る者の受け取り方次第なのである」とあるので、「見る者の受け取り方」(九字)が入ります。
問2 空欄 W ~ Z に入る言葉の組み合わせ
接続語の問題は、空欄の前後の関係を一つずつ確かめます。
- W:「言葉では『……である』と『……でない』の二つの関係から構成していく」を、「YESかNOかの二進法のシステム」と、たとえを使って言いかえています。「いわば」が入ります。
- X:二進法のシステムだから、「情報がどうしても飛び飛びになって粗くなる」。原因と結果なので「そのため」です。
- Y:言葉では粗くなることの具体例として、「朱色」という色を言葉で表す話が始まります。「たとえば」です。
- Z:苦心惨憺するより色見本帳を見せる方が早い、という話を「微細な違いは視覚的に直示する方が手っ取り早いのだ」とまとめています。「つまり」です。
「いわば」「たとえば」「つまり」は、どれも言いかえや例の働きをもつので迷いやすい言葉です。「いわば」はたとえて言う、「たとえば」は具体例を出す、「つまり」はまとめる、と区別しておきましょう。
問3 傍線部2「作業」とはどのような作業か(記述)
「言語を使って〔二十五字以上三十字以内〕作業」という形で答えます。「この2作業」と指示語がついているので、直前の内容を確かめます。
この段落は「言語を使って、色を『正確』に表そうとすれば、『朱』は『赤である』ものと『赤でない』ものを区別して、対比したり比較したりするところから始まる」と始まります。そのあと、赤と黄の間にも、朱と橙の間にも、さらに細かい色が無限にあることが「実数」にたとえて説明されます。つまり「作業」とは、無限にある色どうしを比べることを繰り返して、ある色がどれなのかを決めていくことです。
書くべき要素は三つです。
- 色が無限にある(実数と同じだけの多さがある)こと
- 色どうしを対比・比較すること
- それを繰り返して、色を特定していくこと
「色を対比したり比較したりして決めていく」だけだと、「無限にある」という前提が抜けます。この「無限」があるからこそ、次の問4の「問題」(言葉では言い尽くせない)につながります。
問4 傍線部3「問題」とはどのような問題か
傍線部は「こうして、3問題は振り出しに戻るのである」です。いつまでその作業を繰り返しても、相手の色の感覚が鈍ければ伝わらないし、相手にとっては「朱」も「赤」かもしれない。つまり、言葉で色を正確に伝えようとしても、結局うまくいかないという問題です。直前には「視覚で『朱』を示したければ、『この色だ!』と指させば、それで事足りる」ともあり、ヴィジュアルなら簡単だという対比になっています。
- ア「複雑な作業を複数回行うことによって、理解できるものになる」は、「振り出しに戻る」と逆です。
- イ「因果を使い説明しようとすると」、ウ「データ量をしぼる必要がある」は、この場面の話題(色を言葉で伝えること)とずれています。
- エ「ヴィジュアル情報に頼らずに、言葉を使って色の説明をすることがとても難しいという問題」が正解です。
- オ「豊かで正確な言葉を使う必要がある」は、どんな言葉を使っても言い尽くせないという本文の主張と合いません。
問5 傍線部4「ヴィジュアル情報」の特徴(抜き出し)
設問の文は「『ヴィジュアル情報』は無数の要素を〔A 五字〕して表現できるので、〔B 六字〕までも示すことができる」です。
Aは、無数の要素をどう表現するかです。本文の最初に「すべての要素は、空間の中で同時に並列される」とあります。「同時に並列」(五字)が入ります。これは最初の段落では「時間や因果を表せない」という欠点として書かれていましたが、見方を変えると、一瞬で無数の要素を見せられるという長所になります。
Bは、ヴィジュアル情報だけが示せるものです。「ヴィジュアル情報は文字と違って、微妙なゆらぎを示すことができる」とあるので、「微妙なゆらぎ」(六字)が入ります。
問6 傍線部5「豊かさをも生み出す」と言えるのはなぜか
傍線部は「だが、言葉の『一方向にしか流れない』不自由さは、逆に5豊かさをも生み出す」です。同じ段落の最後に「情報を限って検証するからこそ、こういう評価のプロセスが豊かになるのだ」とまとめられています。その理由は、「一回に限られた情報量しか出て来ないのなら、そのひとつひとつを仔細に吟味・検討する余裕が生まれる」からです。
- ア「多量で高速に流れる情報ですら、論理と経験によって制御する」は、多量な情報では「曖昧な印象だけが残る」という本文と逆です。
- イ「空間的な表現が可能になる」は、言葉ではなくヴィジュアルの性質です。
- ウ「限られた情報を細かく丁寧に調べ、余裕をもって考えることで評価の過程が充実する」が正解です。
- エ「幅広い時間を、因果を用い蓄積させる」は、本文にない内容です。
- オ「時間軸を自在に行き来しながら」は、「時間は、自由に戻ったり先に飛躍したり横にずれたりはできない」という本文と正反対です。「仔細に吟味する」という本文の言葉が入っているので、引っかかりやすい選択肢です。
解答一覧
- 大問一 問1 a 往来 b 裕福 c くめん
- 大問一 問2 ア
- 大問一 問3 (解答例)A 日常の生活を真面目に過ごしている B 貧乏である環境に劣等感を抱く必要はない
- 大問一 問4 X ア Y キ
- 大問一 問5 古谷野真樹とは
- 大問一 問6 エ
- 大問一 問7 イ・エ
- 大問二 問1 A 時間や因果を直接表現できない B 見る者の受け取り方
- 大問二 問2 オ
- 大問二 問3 (解答例)無限にある色同士の対比や比較を繰り返し、色を特定していく
- 大問二 問4 エ
- 大問二 問5 A 同時に並列 B 微妙なゆらぎ
- 大問二 問6 ウ
この回から持ち帰るべき3つのこと
- 心情の理由は「相手から見て何が起きたか」で考える 大問一の問6は、生駒の気持ちを問う問題でした。古谷野から見れば「謝った」だけですが、生駒から見れば「記憶を失っても、以前と変わらないまっすぐな古谷野がそこにいた」という出来事です。心情の問題では、その人物の立場に立って場面を見直しましょう。
- 選択肢は「本文と逆」と「本文にない」の二つで切る 大問一の問6イ(記憶が回復した)、大問二の問6オ(時間軸を自在に行き来)は、本文と正反対の内容です。本文の言葉が一部だけ入っている選択肢ほど、全体で本文と合っているかを確かめる必要があります。
- 説明文は「欠点が長所に変わる」瞬間を見のがさない 大問二では「同時に並列される」がヴィジュアルの欠点にも長所にもなり、言葉の「一方向にしか流れない」不自由さが「豊かさ」に変わりました。「逆に」「見方を変えると」のような言葉が出てきたら、筆者の主張が反転する合図です。