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2026.9.23実施 第1回学校別サピックスオープン(女子学院) 国語 徹底解説

2026年9月23日(水・祝)に実施された第1回学校別サピックスオープン(女子学院)の国語を、全問解説します。大問一は温又柔さんの随筆「祖母語、母語、娘語」(『台湾生まれ 日本語育ち』所収・白水社)、大問二は今井聖さんの『部活で俳句』(岩波書店)、大問三は漢字の書き取りです。二つの文章はどちらも随筆で、どちらも「言葉とのつきあい方が変わる」話です。この記事では、三世代それぞれの「国語」と、俳句の「タイムマシン」を、情景アニメ入りの図解動画で整理してから、根拠つきで一問ずつ解いていきます。

出題構成と全体の講評

  • 大問一は随筆(温又柔「祖母語、母語、娘語」)で、設問は十一問・48点。大問二は随筆(今井聖『部活で俳句』)で、設問は六問・40点。大問三は漢字の書き取り六問・12点。合計100点です。
  • 大問一の配点の山は記述の三問です。問五(8点)、問十(9点)、問十一(「国語」と「コトバ」の説明で5点×2)の合計27点が、大問一の半分以上を占めます。
  • 大問二は、助詞「の」の識別、季語と季節、比喩(タイムマシン)の説明、俳句の鑑賞、筆者の考えの記述と、女子学院らしく「言葉そのもの」を問う設問が並びます。問三(2)は二つ選ぶ問題です。
  • 女子学院の本番と同じく、設問の数が多く、一問あたりにかけられる時間は長くありません。記号問題は本文の根拠を一か所見つけたら決め、記述に時間を残す進め方が合っています。
今回のポイント
大問一のカギは、祖母・母・わたしの三人で「国語」がそれぞれちがうことです。祖母は日本統治時代の台湾で日本語を「国語」として学び、母は戦後の台湾で中国語を「国語」として学び、わたしは日本で日本語を「国語」として学びました。この三段の表を頭に置くと、問四から問十一までが一本の線でつながります。大問二のカギは「タイムマシン」という比喩で、昔を想像して再現する俳句と、今の自分の感動を表す俳句の対比が、問三・問五・問六に通っています。

大問一 随筆 温又柔「祖母語、母語、娘語」

あらすじ 祖母の日本語、母の日本語

筆者は台湾で生まれ、日本で育ちました。子どものころの筆者は、日本に住む母よりも、台湾にいる祖母のほうが日本語がじょうずだということを、ふしぎだとも思わずに受け入れていました。

四歳の春、妹の出産をひかえた母に代わって、祖母が台湾から来て家事をとりしきってくれました。病院へ見舞いに通う帰り道、町に流れるメロディーに合わせて、祖母は筆者の手をゆすりながら「ゆうやけこやけでひがくれて」と歌いました。筆者はまだ日本語を一言も知らず、祖母とは台湾語で話していたはずですが、やがて二人は日本語で話すようになります。祖母は日本統治時代の台湾で教育を受けたので、中国語よりも日本語のほうがずっと楽に使えたのです。

祖母が母親になったばかりのころ、台湾の「国語」は日本語から中国語に代わっていました。新しい言語を覚えるには歳をとりすぎていた祖母の中国語は「つたない」ままでした。一方、中国語を「国語」として学んだ母は、日本に移り住み、中国語に台湾語が混ざった言葉や、外国語として覚えた日本語で話します。かつての筆者は、その母の日本語が「ゆるせなかった」のです。

台湾の歴史を知るにつれ、筆者は祖母と日本語で話すことをうしろめたく思うようになり、二十四歳のとき、台湾語で祖母と話そうと決意します。けれども祖母は、筆者の顔を見るとうれしそうに日本語で「よく来たのねえ、さあ、お座りなさい」と迎えてくれました。筆者は、祖母との間で自分に日本語を禁じることをあきらめ、「祖母の日本語の懐の中に飛び込もう」と覚悟を決めます。そして、学校で教わった「国語」ではなく、母や祖母の言葉を包み込んだ「コトバとしての日本語」で書く楽しみを知ったと語ります。

図解動画① 三世代とそれぞれの「国語」(約27秒・音声つき)
図1 2026年 第1回学校別サピックスオープン(女子学院) 大問一 三世代と言葉の関係
祖母
ずっと台湾に住む
日本統治時代に日本語を「国語」として学んだ
戦後の中国語は「つたない」
母
戦後の台湾で中国語を「国語」として学んだ
中国語に台湾語を織り交ぜて話す
日本に移り住み、日本語は外国語として覚えた
わたし(筆者)
台湾生まれ・日本育ち
日本の学校で日本語を「国語」として学んだ
祖母→わたしいつも日本語で、うれしそうに迎え入れてくれる
わたし→祖母日本語で話すことがうしろめたい → 「懐の中に飛び込もう」と覚悟を決める
わたし→母かつては母の日本語が「ゆるせなかった」 → 今は愛おしむ
母→祖母祖母の「つたない中国語」を可笑しがったことがあるかもしれない

問一 筆者の家族に関して、本文の内容と合っているもの3点

家族の説明は本文のはじめのほうに集まっています。「日本統治時代の台湾で教育を受けた祖母」とあり、その祖母にとって日本語は「中国語よりもずっと楽に使いこなせる言語」でした。日本の学校教育で日本語を学んだとするイが正解です。

アは、祖母は出産の手伝いに来たあと「台湾に戻り」、その後も「ずっと、台湾にいた」ので合いません。ウは、母がいつ初めて日本語を学んだかは本文に書かれていません。「正しい日本語」という言い方も本文にはない言葉です。エは、四歳のころの筆者は「日本語をわたしはまだ一言も知らなかった」ので、日本語が混ざった言葉で話していたことにはなりません。

解答イ

問二 「ゆうやけこやけ」の歌は、大人になった筆者にとってどのようなものか3点

筆者がこの歌についてもう一度ふれるのは、後半の「ゆうやけこやけでひがくれて、と歌ってくれた祖母の声を覚えている」の段落です。筆者はそこで、祖母たちに「夕焼け小焼けの歌を教えた日本人たちのことを思う」と書き、続けて「大人たちの中には支配者である日本に対して抵抗を感じる者がいたとしても、少女だった祖母は、学校の先生たちが教えてくれる日本語や日本文化を素直に学んだのだろう」と想像しています。

つまりこの歌は、日本が台湾で行っていた教育のようすと、祖母や当時の大人たちの気持ちを思い起こさせるものです。これを「植民地教育の状況」と「祖母や他の人々の思い」の二つでまとめたウが正解です。アの「生涯続く祖母の苦痛」は本文にありません。祖母はむしろ、うれしそうに日本語を話しています。イの「興味を持つきっかけ」、エの「疑問を抱く原因」も、歌についての筆者の思いとずれています。

解答ウ

問三 「他人事」とよく似た言葉(□□の火事)2点

「他人事」は、自分には関係のないことという意味です。向こう岸の火事は、こちらに燃え移る心配がないことから、自分に関係のないできごとを「対岸の火事」といいます。

解答対岸

問四 祖母の中国語が「つたない」理由3点

「つたない」は、上手ではないという意味です。理由は、祖母が母親になったころに台湾の「国語」が中国語に代わったことを述べたあとの、「新しい言語を習得するには歳をとりすぎていた大人たちとなれば、そう簡単にはいかない」という部分に書かれています。言葉を学ぶのに向いた年齢を過ぎてから中国語を身につけたとするウが正解です。

アの「日本語の方を深く愛していたから」、エの「学ぶ気になれなかったから」は、本文にない気持ちを理由にしています。イの「中国語と混ざってしまった」も書かれていません。台湾語と中国語を混ぜて話すのは母のほうです。

解答ウ

問五 「台湾人の頭上で行なわれた」とはどういうことか(記述)8点

女子学院は、比喩の読みとりを記述で問うことが多い学校です。まず傍線部を含む一文を確かめます。「支配者と『国語』の交代が、台湾人の頭上で行なわれたのである」。ここから、説明に入れる要素を三つに分けます。

  • 何が行なわれたのか 支配者と「国語」の交代。「国語」は、子どもたちが学校に通うようになると「新しい『国語』を叩きこまれる」とあるように、学校で学ぶ言葉のことです。
  • 「頭上で」の意味 自分たちの手の届かない上のほうで、という意味です。台湾の人々が決めたのではなく、上に立つ者によって決められたということです。
  • 対比されている人たち 直前に「わたしの祖父母は、国境線を越えるような移動をしていない。彼らはずっと、台湾にいた」とあります。筆者一家は自分たちで移動したから「国語」が変わりましたが、祖父母は動いていないのに「国語」が変わったのです。
記述の組み立て
①台湾の人々の意思とは関係なく
②一方的に
③支配者と、学校で学ぶ言語(「国語」)を変えられた
「どういうことか」と聞かれているので、文末は「〜ということ。」で結びます。「頭上で」を①と②で言いかえられているかが得点の分かれ目です。
解答例台湾人の意思とは関係なく、一方的に支配者と学ぶ言語を変更されたということ。

問六 「祖母と日本語で話すことをうしろめたく思うようになった」のはなぜか3点

傍線部の前に「台湾の歴史や政治状況について知ろうと努めていた頃」とあります。筆者が知ったのは、後半の「当時の帝国・日本と植民地・台湾は不均衡な関係にあった」という歴史です。問二で見たように、日本に「抵抗を感じる者」もいたはずです。台湾の人である祖母と日本語で話すと、その暗い歴史を意識してしまう。だからうしろめたいのです。ウが正解です。

アの「反省したから」は言いすぎで、筆者は「台湾語で、祖母と話してみたい」と思っただけです。イは、祖母本人が日本語をつらい言葉だと感じている根拠がありません。祖母はうれしそうに日本語で話しています。エの母の気持ちは、この場面と関係がありません。

解答ウ

問七 「よく来たのねえ、さあ、お座りなさい、叔母ちゃんが果物を切るから、たくさん召し上がりなさいね……」に含まれる敬語2点

敬語を一つずつ探します。「お座りなさい」は「お〜なさい」の形で、相手の動作を高める尊敬語です。「召し上がる」は「食べる」の尊敬語です。一方、「です」「ます」のような丁寧語はなく、自分の側の動作をへりくだる謙譲語もありません。「叔母ちゃんが果物を切る」は、ふつうの言い方です。尊敬語のみのアが正解です。

解答ア

問八 「たおやか」の意味2点

「たおやか」は、姿や動作がしなやかで上品なさまを表す言葉です。アが正解です。直前に「なめらかで」とあるので、ウの「よどみのないさま」を選びたくなりますが、それは「なめらか」の意味です。二つの言葉が並んでいるときは、それぞれ別の意味を足していると考えましょう。

解答ア

問九 「祖母の日本語の懐の中に飛び込もうと開き直る覚悟を決める」から読みとれる筆者の姿勢3点

直前の一文は「わたしは、祖母との間で自分に日本語を禁じることを諦めた」です。そう思ったきっかけは、祖母が「幼女から少女の時期にかけて」「日本語というコトバをとおして、眼前に広がる世界を言語化し、学んでいった」ことと、その日本語で筆者を「とても嬉しそう」に迎え入れてくれたことでした。

祖母にとって日本語は、植民地時代に覚えさせられた言葉であると同時に、自分が見てきた世界を言葉にしてきた、祖母の人生そのものがつまった言葉です。筆者はその日本語をうしろめたさから遠ざけるのをやめ、自分から歩み寄ろうとしています。「懐の中に飛び込もう」「覚悟を決める」という強い言い方も、「確かな意志を持って歩み寄ろうとする」に重なります。エが正解です。

アは「優しく受け入れよう」が受け身で、「飛び込もう」「覚悟」の強さが表れていません。イの「愛情を返そう」、ウの「日本文化を、自分も学んだうえで」は本文にありません。

解答エ
図解動画② 「国語」と「コトバ」(約30秒・音声つき)

問十 「自分のコトバに線を引いていた」とはどういうことか(記述)9点

傍線部の直後がそのまま説明になっています。「ここから先は日本語以外、立ち入り禁止、と。わたしは、『国語』としての日本語にとても従順で、そこから零れ落ちるものを、雑音とみなしていた」。「線を引く」は、ここから内側だけを認め、外側は入れない、と区切ることのたとえです。

  • 線の内側 学校の「国語」の時間に教わった日本語
  • 線の外側 「日本語以外」のもの。つまり、中国語に台湾語を織り交ぜる母の言葉や、祖母の言葉。筆者は小学一年生のノートで、母の「パパ、デンライ、我們才去おまつり!」という言葉を、「お父さんがかえってきたら、みんなでおまつり行きましょうね」と「国語」の日本語に置き換えていました
  • どう扱っていたか 「雑音とみなしていた」。自分の書く言葉から締め出していたのです
記述の組み立て
①学校で習った(「国語」としての)日本語で
②他国の言葉が混ざった母や祖母の言葉は
③余分なもの(雑音)であると区別して、排除していた
「線を引く」のたとえを、②と③の「区別して、排除する」で言いかえます。「具体的に説明しなさい」とあるので、②で「母や祖母の言葉」とだれの言葉かまで書きましょう。
解答例学校で習った日本語で、他国の言葉が混ざった母や祖母の言葉は余分なものであると区別して、排除していたということ。

問十一 「国語」と「コトバ」の説明(記述)5点×2

本文の「国語」には、いつもかぎかっこが付いています。問五で見たとおり、「国語」は国が定め、学校で「叩きこまれる」言葉で、問十で見たとおり、筆者はそれに「従順」で、そこから外れるものを「雑音」とみなしていました。

一方の「コトバ」は、傍線部の直前で「かつてのわたしを包み込んでいた母や祖母のコトバ」と言われています。祖母のコトバは、祖母が「眼前に広がる世界を言語化」してきたもので、母のコトバは、祖母の台湾語の影響を受けて中国語に台湾語を織り交ぜたものです。母は「学校では教わらないコトバを祖母の声をとおしていつも耳にしていた」とも書かれています。どちらも、話す人の歴史をふくんだ、一人ひとりちがう言葉です。

図2 2026年 第1回学校別サピックスオープン(女子学院) 大問一 「国語」と「コトバ」の対比
「国語」
国(支配者)。台湾では日本語から中国語に交代した 学校。「叩きこまれる」 正しいものとして教わる、みな同じ(画一的) 「とても従順」。外れるものは「雑音」
VS
「コトバ」
祖母・母・わたし、それぞれのもの 家族の声。「学校では教わらない」 話す人の歴史をふくむ、一人ひとりちがう(多様) 自分の日本語に「織り込むことを楽しんでいる」
筆者は「国語」ではない、コトバとしての日本語で書く楽しみを知った
記述のコツ
二つのものを説明させる問題は、同じ観点で対にして書くと伝わりやすくなります。「国が定めた」と「学校では教わらない」、「正しいものとして教わる」と「話す人の歴史を含んだ」、「画一的」と「多様」。片方だけくわしく書くのではなく、両方の長さと観点をそろえましょう。
解答例「国語」…国が定めた、正しいものとして教わる画一的なもの。
「コトバ」…学校では教わらない、話す人の歴史を含んだ多様なもの。

大問二 随筆 今井聖『部活で俳句』

要旨 俳句は、昔を再現するものではなく、今の自分の感動を表すもの

筆者は中学二年生、十四歳のときに俳句を作り始めました。学習雑誌の投稿欄に入選したのがきっかけです。当時の筆者にとって俳句とは、教科書で習った芭蕉・蕪村・一茶の句のようなものでした。筆者は、『奥の細道』の自然に思いを馳せ、芭蕉が念じた「わび・さび」の風情を想像し、江戸時代から変わらないような自然の中に自分を溶け込ませて句を作ります。筆者はこれを「自分をタイムマシンに乗せて」と表現し、そのマシンを起動させる「魔法の鍵」が季語だといいます。句会に出ると、七十歳くらいの出席者たちも、みなそういうタイムマシンを持っているように思えました。

五年ほどたって、筆者は山口誓子の「波に乗り波に乗り鵜のさびしさは」や、金子兜太の「屋上に洗濯の妻空母海に」といった句に出会います。そこには、今の自分が感じている内面のときめきや、言葉では説明しがたい不安、社会に対する疑問が表現されていました。季語は時空を超えた世界に入る「鍵」ではなく、現実の空間を表すなまなましい対象として使われていたのです。これは筆者にとって「衝撃」でした。それ以来、筆者は、生きてきたそのときそのときの自分の感動や思いを俳句にしてきたと述べ、タイムマシンを準備して句を作ることは「自己表現としての文学の本質とは乖離している」と考えています。

図解動画③ 俳句の「タイムマシン」と魔法の鍵(約25秒・音声つき)
図3 2026年 第1回学校別サピックスオープン(女子学院) 大問二 二つの俳句観の対比
十四歳のころの俳句観
教科書で習った芭蕉・蕪村・一茶 自分を「タイムマシン」に乗せ、昔の風景と昔の人の心情を想像して再現する 時空を超えた世界に入る「魔法の鍵」 特殊な「芸」。自己表現としての文学の本質とは乖離している
VS
「新しい俳句」
山口誓子・加藤楸邨・金子兜太の句 今の自分が感じている感動や思いを、そのまま表す 現実の空間を表すなまなましい対象。季語が無い句もある 映画・小説・絵画・音楽と「平等な表現形式」
五年後の「衝撃」をさかいに、筆者の俳句の認識が変わった

問一 ⓐ〜ⓒの「の」の働き2点

一つずつ、ほかの言葉に置きかえて確かめます。

  • ⓐ「入選したのがきっかけでした」の「の」は、「入選したことが」と言いかえられます。前の部分をひとまとまりの名詞のようにする働きです。
  • ⓑ「賞品の万年筆」の「の」は、「賞品である万年筆」と言いかえられます。「万年筆」をくわしくする(連体修飾の)働きです。
  • ⓒ「変化のないような自然」の「の」は、「変化がないような」と言いかえられます。「変化が」という主語を表す働きです。

三つとも働きがちがうので、オが正解です。「の」の識別は、「こと・もの」「が」「である」などに言いかえられるかを試すのが近道です。

解答オ

問二 A・Bの俳句について(季語と季節・季語の役割・歳時記)(1)各2点/(2)3点/(3)2点

(1)Aの「菜の花や月は東に日は西に」(蕪村)の季語は「菜の花」で春です。Bの「うつくしや障子の穴の天の川」(一茶)の季語は「天の川」で、秋の季語です。天の川は夏の夜にも見えますが、俳句の季語としては秋に分類されます。七夕が旧暦では秋の行事だったことと合わせて覚えておきましょう。

(2)筆者は季語を「魔法の鍵」とたとえています。その鍵で何ができるのかを本文で探すと、後半に「季語はもはや時空を超えた世界に入る『鍵』ではなくて」とあります。「季語は、( )ためのもの」の空欄に合うように「時空を超えた世界に入る」(十一字)を抜き出します。

(3)季語をくわしく分類して説明した本は「歳時記」です。アの「風土記」は奈良時代に各地の産物や伝説をまとめたもの、ウの『万葉集』は現存する日本最古の歌集、エの『方丈記』は鴨長明の随筆です。

解答(1)A 季語:菜の花 季節:ア  B 季語:天の川 季節:ウ
(2)時空を超えた世界に入る
(3)イ

問三 「古典の世界を再現するには、自分をタイムマシンに乗せて」について(1)6点/(2)4点

(1)比喩の説明です。「タイムマシンに乗せる」とは、具体的に何をすることなのかを、傍線部の後から拾います。「『奥の細道』の自然に思いを馳せ、芭蕉が念じた『わび・さび』の風情を想像します」「江戸時代から変化のないような自然の構図を思い浮かべ」。つまり、昔の風景と、昔の人の心のありようを想像することです。解答欄の「俳句を作る際に( )ということ。」に合わせ、「昔の風景や昔の人の心情を想像する」とまとめます。「風景」と「心情」の二つをそろえるのがポイントです。

(2)筆者がそういう作り方をしていた理由を、本文から二つ探します。一つめは「僕の俳句に対する先入観は、教科書で習った芭蕉や蕪村や一茶によるものでした」「こういうのが俳句だと思っていた」。これがアです。二つめは「当時句会に出ると、出席者はだいたい七十歳くらいの人たち」で、「みんなそういうタイムマシンを持っているように思えました」。これがオです。

ウは「学習雑誌で学んだ」が本文とちがいます。学習雑誌は投稿した場所で、作り方を学んだのは教科書の句からです。イとエは本文に書かれていません。

解答(1)(俳句を作る際に)昔の風景や昔の人の心情を想像する(ということ。)
(2)ア・オ
図解動画④ 「屋上に洗濯の妻空母海に」を読む(約27秒・音声つき)

問四 Cの俳句「屋上に洗濯の妻空母海に」の鑑賞(Iは自分で考える十一〜十五字・IIは抜き出し十一〜十五字)各4点

解答欄の文は「洗濯という日常の穏やかな風景の中に、( I )ことを表現しており、作者の( II )をなまなましく感じることができる」です。

Cの句は、前半と後半で風景ががらりと変わります。前半は「屋上に洗濯の妻」、屋上で妻が洗濯物を干している、ありふれた日常です。後半は「空母海に」。空母は、戦闘機をのせる軍艦、航空母艦のことです。穏やかな日常のすぐ向こうの海に、戦争のための船が浮かんでいる。日常と戦争という非日常が、一つの句の中に並べられています。Iには、日常の中に戦争という非日常がせまっている、という内容を十一〜十五字で書きます。

IIは本文からの抜き出しです。筆者が出会った句について「今の自分が感じている内面のときめきや自然との関わり、言葉では説明しがたい不安や、生きるということに対する問い掛け、社会に対する疑問が表現されていました」と述べた部分から、この句にあてはまるものを選びます。日常のそばに戦争がある風景からわき上がるのは「不安」です。「言葉では説明しがたい不安」(十二字)を抜き出します。

俳句の鑑賞のコツ
俳句は、二つのものを並べて、その間に生まれる感じを味わわせることがよくあります。Cの句なら「洗濯の妻」と「空母」。何と何が並んでいるか、二つはどうちがうかを最初に確かめると、作者の気持ちが見えてきます。この句には季語がありません。本文の「重大なテーマを優先させるために季語が無い句もあります」は、この句のことを指しています。
解答例I 戦争という非日常が迫っている(十四字)
II 言葉では説明しがたい不安

問五 「自己表現としての文学の本質とは乖離している」と筆者が考える理由3点

傍線部を含む一文は「現在でも俳句を作るときにタイムマシンを準備する人は依然として多いのですが、それは特殊な『芸』を高めることであっても自己表現としての文学の本質とは乖離していると思います」です。「乖離」は、かけはなれていることです。

タイムマシンを準備するとは、問三で見たように、昔の風景や昔の人の心情を想像して再現することでした。それは自分の気持ちを表すことではありません。文学の本質は自分の気持ちを表現することなのに、見たことのない昔の風景を表しても、その本質には届かない。エが正解です。

アの「文学作品として価値がない」、ウの「文学が進化することがない」は、筆者の言い方より強く、理由もずれています。イの「賞品だけ」は、十四歳のころの筆者の話を混ぜた選択肢です。

解答エ

問六 「新しい『俳句』への認識」とはどのようなものか(記述)8点

「新しい」とあるので、古い認識と比べて何が新しいのかがわかるように書きます。古い認識は、俳句とは昔を想像して再現するもの、というものでした。新しい認識は、筆者が「衝撃」を受けた句から得たもので、「同時代の感動」を表すもの、筆者自身の言葉では「生きてきたそのときそのときの瞬間の自分の感動や思い」を表すものです。

記述の組み立て
①(古い認識の否定)俳句は昔を再現しようとするものではなく
②(新しい認識)生きている中での瞬間的な自分の思いや感動を
③そのまま表現するもの
「AではなくB」の形にすると、何が「新しい」のかがはっきりします。文末は「どのようなものですか」に合わせて「〜もの。」で結びます。
解答例俳句は昔を再現しようとするものではなく、生きている中での瞬間的な自分の思いや感動をそのまま表現するもの。

大問三 漢字の書き取り2点×6

  • 1 社長のキョシュウが注目されている → 去就(職をやめるか、とどまるかという身の処し方)
  • 2 判定に対してフフクを申し立てる → 不服
  • 3 国語の勉強に時間をツイやす → 費(やす)
  • 4 部屋をセイケツに保つ → 清潔(「潔」は、さんずいを忘れずに)
  • 5 学級委員長をツトめる → 務(める)。役目を引き受けるときは「務める」、努力するときは「努める」、会社で働くときは「勤める」
  • 6 会社が過去最高のギョウセキを達成した → 業績(「績」は糸へん。「積」と書きまちがえやすい)

解答一覧

大問一

  • 問一 イ
  • 問二 ウ
  • 問三 対岸
  • 問四 ウ
  • 問五 (解答例)台湾人の意思とは関係なく、一方的に支配者と学ぶ言語を変更されたということ。
  • 問六 ウ
  • 問七 ア
  • 問八 ア
  • 問九 エ
  • 問十 (解答例)学校で習った日本語で、他国の言葉が混ざった母や祖母の言葉は余分なものであると区別して、排除していたということ。
  • 問十一 (解答例)「国語」…国が定めた、正しいものとして教わる画一的なもの。「コトバ」…学校では教わらない、話す人の歴史を含んだ多様なもの。

大問二

  • 問一 オ
  • 問二 (1)A 季語:菜の花 季節:ア  B 季語:天の川 季節:ウ (2)時空を超えた世界に入る (3)イ
  • 問三 (1)(解答例)昔の風景や昔の人の心情を想像する (2)ア・オ
  • 問四 I(解答例)戦争という非日常が迫っている II 言葉では説明しがたい不安
  • 問五 エ
  • 問六 (解答例)俳句は昔を再現しようとするものではなく、生きている中での瞬間的な自分の思いや感動をそのまま表現するもの。

大問三

  • 1 去就  2 不服  3 費  4 清潔  5 務  6 業績

この回から持ち帰るべき3つのこと

  • かぎかっこの付いた言葉は、筆者が特別な意味をこめた言葉 大問一の「国語」と「コトバ」は、ふつうの「国語」「言葉」とはちがう意味で使われていました。かぎかっこやカタカナで書かれた言葉を見つけたら、本文の中でどんな意味で使われているかを線で結んでおきましょう。問五・問十・問十一の三つの記述がすべてここにかかっていました。
  • 比喩は「具体的に何をすることか」を本文の後ろから拾う 「台湾人の頭上で」「線を引いていた」「タイムマシンに乗せて」。どれも、たとえの後ろに具体的な説明が書かれていました。比喩の記述は、たとえをたとえのまま書かず、本文の具体的な言葉に置きかえます。
  • 「古い考え」と「新しい考え」の対比で読む 大問一は「国語」に従順だった筆者から、コトバを楽しむ筆者へ。大問二は、タイムマシンの俳句から、今の自分の感動を表す俳句へ。随筆の多くは、筆者の考えが変わる前と後の対比でできています。記述では「AではなくB」の形が使えます。