筑波大学附属駒場中学校の2026年度国語は、「自分で覚える」とはどういうことかを考える説明文と、災害を経験した人の声を聞き継ぐ物語が中心です。どちらも、目に見える行動の後ろにある考え方を、本文の根拠から言葉にする力が問われます。
大問一『子どもの文化人類学』と大問二『声の地層』の記述8問・記号選択2問と、大問三の俳句を漢字に直して一行で書く問題を、図解アニメと音声で一問ずつ解説し、例年との違いも整理しています。
YouTubeで見る
この記事では、記述8問、記号選択2問と、俳句を漢字に直して一行で書く問題1題を、順に解説します。記述に字数の指定はありません。解答は、学校の公式解答ではなく解答例です。答えを確かめるだけでなく、結論を一言で決めて文末に置き、その前に状況や根拠を足す順序で、答案の作り方を確かめてください。
試験日は2026年2月3日、国語は40分・100点です(学校公式「入学者選考の概況」)。
例年との比較(2020〜2025年度)
2026年度は例年どおりなのか、違うのかを、2020年度から2025年度と比べます。
例年どおりの点
- 記述が中心であること。設問数は、2020〜2025年度が9〜12問で、2026年度は11問です。
- 記述の問数。2020〜2025年度は6〜11問で、2026年度は8問です。
- 一行で書く問題。2022〜2024年度にも、ことわざなどを一行で書く問題が続けて出ています。2026年度は、俳句を漢字に直して一行で書く問題でした。
違う点
- 詩の大問がないこと。2020〜2023年度と2025年度には詩の大問がありましたが、2026年度は、2024年度と同じく、ありません。
数は、解答の答えの形から数えた値です。一行で書く問題も1問と数えています。
大問一 説明文 原ひろ子『子どもの文化人類学』
出典は、原ひろ子さんの『子どもの文化人類学』です。1960年代のカナダで、狩猟採集民のヘヤーの人びととともに暮らした筆者が、子どもたちの様子を通して、「自分で覚える」とはどういうことかを考えます(書籍の情報:筑摩書房)。
文章は、折鶴の例、アメリカの子どもとの比較、寄宿学校の例、機械の技術の例という順に進みます。折鶴の話だけで、自分で覚える方がすぐれていると決めつけず、後半で、学ぶ内容と学び方の相性が述べられるところまで、つなげて読みます。
問一 「こんどは違ったものを教えてよ」とはいわないのはなぜか(記述)
設問
線部①「『こんどは違ったものを教えてよ』とはいいません」とありますが、それはなぜですか。
答えの組み立て。まず、理由を一言で決めます。「自分で再現するのだという思考で生きているから」です。これを答えの最後に置き、その前に、誰が、何をするときのことかを補います。
本文の根拠。子どもたちは、「初めにどうするの?」とも「これでいい?」とも「教えてよ」ともいいません。筆者が折るのを見て自分で折り、「これでできた」と思うときに見せに来ます。そして、「ヒロコが作ったので、自分も作った」と思っています。教わったとは考えていないので、次のものも「教えてよ」とはいわないのです。
- 何かを学ぶときのこと
- 人から習うのではない
- 自分で見て考える
最後に置く一言:自分で再現するのだという思考で生きているから。
避けたい答え方。「何も聞かずに折ったから」のように、行動だけで終わらせません。質問するのが恥ずかしいから、のように、本文にない性格を理由にするのも誤りです。考え方の言葉で結びます。
問二 「ものにした」の意味(記号選択)
設問
- ア 鶴を折り終えて、それを手に入れた
- イ 自分なりの鶴の折り方をつくりだした
- ウ 鶴を折るのに飽き、別のことをしたくなった
- エ 鶴の折り方を他の子どもに教えるようになった
- オ 鶴の折り方を身につけ、折れるようになった
答えの組み立て。「ものにする」は、技を身につけて、自分のものにすることです。ここで身につけたのは折鶴の折り方なので、答えはオです。
本文の根拠。子どもたちは、折鶴をたくさん自分で折ってみて、その折り方をものにしたと思われるころ、はじめて「ほかに何が作れる?」と、次のものへの興味を示す場合が多い、と書かれています。たくさん折って、折れるようになった、という流れです。
避けたい答え方。アは、鶴そのものを手に入れることになっています。イとエは、本文にありません。ウの「飽き」も本文になく、次のものへの興味は、折り方を身につけたあとの話です。
問三 「主観的には」と述べるのはなぜか(記述)
設問
線部③「子どもと私の間の交流は彼らにとって、主観的には重要でない」とありますが、ここで「主観的には」と述べるのはなぜですか。
答えの組み立て。「主観的には」は、本人たちの考えでは、という意味です。つまり、実際は違う、ということです。本人の考えを前に、実際を後ろに置いて「が」でつなぎ、文末を「実際は私とも折り紙とも交流があるから」で結びます。
本文の根拠。ヘヤーの子どもたちが折鶴を覚えるときには、その紙と子どもの間に強い交流があります。子どもたちは、筆者と紙との間にある交流を、自分で再現していると筆者は考えます。ですから、子どもたちにとって大切なのは、筆者の折り方を紙で再現することで、筆者との交流ではありません。けれども実際には、何度も折ってもらい、できたものを見せに来て、筆者の言葉を楽しそうに聞いています。交流はあるのです。
- 大切なのは、折り方を紙で再現すること
- 筆者との交流は、大切だと考えていない
- 実際は、筆者とも折り紙とも交流がある
最後に置く一言:実際は私とも折り紙とも交流があるから。
避けたい答え方。「交流がないから」で終えると、「主観的には」と限定した意味が消えてしまいます。本人の考えと、実際の両方を書きます。
問四 「両者の差が要因となっているかもしれません」と考えるのはなぜか(記述)
設問
線部④「両者の差が要因となっているかもしれません」とありますが、筆者がこのように考えるのはなぜですか。
答えの組み立て。「この現象」は、エスキモーの方が早く機械をこなすようになっていることです。「両者の差」は、学び方の差です。例を並べて終わりにせず、二つの分野がある、と例から分かることを言いかえて前に置き、どちらの方式がむいているのかを文末に置きます。
本文の根拠。根拠は、直後の「つまり」から始まる文です。折鶴や食卓の並べ方といったものごとは、「自分で覚える」ヘヤー方式で見事に習得されます。一方、無電装置の操作や修理、飛行機の整備などは、教師に、一定の教課程をふんで教えてもらう方式の方が能率的だと、筆者は述べています。寄宿学校の先生の話では、エスキモーの子どもたちは、ちょっとやってみて「これでどうですか?」と先生にきき、励まされて、はりきって覚える者が多いそうです。
- 自分で見て考えて覚えることができる分野
- 教師に教わる方式のほうが能率的な分野
最後に置く一言:教師に教わる方式がむいているのがエスキモーだから。
避けたい答え方。どちらがすぐれているか、という能力の差として書きません。本文が述べているのは、学ぶ内容と学び方の相性です。なお、本文の「エスキモー」には、「イヌイットともよばれる」という注がついています。
大問二 物語 瀬尾夏美『声の地層』
出典は、瀬尾夏美さんの『声の地層』です(書籍の情報:生きのびるブックス)。詩のように、行を分けて書かれた物語です。海を臨む高台に、津波から逃れた、村でたったひとつの家が建っています。そこに暮らす赤髪のちいさなおばあさんを、遠くから来た旅人と、津波で死んだ人が訪ねてきます。
現実にはありえない設定ですが、設問で求められるのは、発言と行動のつながりを本文から読み取ることです。旅人は、その場にいた人なら知っているはずだと考えていました。その予想がくずれ、話を聞くうちに、苦しみを受け止め、思いを引き受ける人へと変わっていきます。
問一 「はっと息を呑む」の意味(記号選択)
設問
- ア 緊張して息が詰まる
- イ 怖くて何も言えなくなる
- ウ 落ち着こうと深呼吸する
- エ 驚いて一瞬息が止まる
- オ 立ち止まって考え込む
答えの組み立て。「息を呑む」は、驚いて一瞬息を止めることです。「はっと」も、急に気づいたり驚いたりする様子を表します。答えはエです。
本文の根拠。直前で、おばあさんは「でもね、わたしは津波を見なかったの」とつぶやき、自分が語るのは「ぜんぶ誰かに聞いた話だ」と言います。津波の様子を尋ねようと考えていた旅人は、見た人だと思っていたおばあさんの言葉に驚きます。
避けたい答え方。津波の話だからといって、イの怖さを選びません。アの緊張も、この場面には合いません。直前に何を聞いて起きた反応なのかを確かめます。
問二 「じゃあ誰に話を聞けばいいのだろう?」と思ったのはなぜか(記述)
設問
線部②「じゃあ誰に話を聞けばいいのだろう?」とありますが、このように思ったのはなぜですか。
答えの組み立て。理由を一言で決めます。気持ちの言葉で、「途方に暮れたから」です。これを最後に置き、その前に、何を聞きたかったのか、予想に反して何を聞いたのかを、順に並べます。
本文の根拠。根拠は、直後の文です。「何かを知れる気がしてここへ来たのに、おばあさんさえも知らないというのだから。」旅人は、津波から逃れた家に暮らすおばあさんなら、あの日のことを知っていると考えていました。そのおばあさんが、津波を見なかったと言ったのです。
- 災害当時の様子を聞きたかった
- 知っているはずのおばあさんが、何も見ていないと言う
最後に置く一言:途方に暮れたから。
避けたい答え方。「おばあさんが見ていなかったから」で終わると、出来事だけです。旅人の気持ちの言葉で結びます。
問三 「相槌も、ひとつも持っていなかった」とはどういうことか(記述)
設問
線部③「相槌も、ひとつも持っていなかった」とは、どういうことですか。
答えの組み立て。「どういうこと」の問題も、結論を一言で決めます。「何も言葉が出てこなくなったということ」です。その前に、誰から、何を聞いたのかを置きます。
本文の根拠。直前で、おばあさんはこう語ります。「大事な人が死んでいるのを見つけた人の気持ち、どれだけ悲しかっただろうって。」「家族探して安置所巡った人の気持ち、どれだけ苦しかっただろうって。」旅人は絶句したまま、ここへ来る途中に見たまちを思い出します。手作りの祭壇の前でしゃがみ込む人にかける言葉は、旅人にはありませんでした。
- おばあさんから聞いた
- 遺族や被害者の苦しみや悲しみ
最後に置く一言:何も言葉が出てこなくなったということ。
避けたい答え方。相槌の打ち方を知らない、という意味ではありません。話に関心がなかった、という意味でもありません。重さを受け止めて、言葉を失ったのです。
問四 「他には、他には?」とせがむのはなぜか(記述)
設問
線部④「他には、他には? と更におばあさんにせがむ」とありますが、このようにするのはなぜですか。
答えの組み立て。理由の一言は、「すこしでも知りたかったから」です。何がわからなかったのかという状況を前に置き、知りたいという気持ちを最後に置きます。
本文の根拠。旅人に「あなたが一番知っているはずではないですか?」と問われて、死んだ人は「わたしはほとんど何も知りません」と答えます。「あの日わたしが見たのはほんの一部のことですから」。自分が亡くなったときの状況も、残された家族の様子も、死んだ人にはわかりません。だから、おばあさんの話にうんうんと頷きながら、さらに話をせがみます。
- 自分が亡くなったときの状況
- 死後に残された家族や身内の様子
- それがわからなかった
最後に置く一言:それをすこしでも知りたかったから。
避けたい答え方。死んだ人ならすべてを知っている、とは考えません。旅人のその思いこみは、死んだ人自身の言葉でくずれています。
問五 「あらまあ、と驚いた顔になる」のはなぜか(記述)
設問
線部⑤「あらまあ、と驚いた顔になる」のはなぜですか。
答えの組み立て。理由の一言は、「無念さを改めて認識したから」です。それまでどう思っていたのか、何に気づいたのかを、その前に置きます。
本文の根拠。おばあさんは「だけどわたしは何もできないんだ」と言い、旅人も「ぼくも同じです、何も代わってあげられない」と言います。すると死んだ人が、「わたしが一番何もできないですよ」と言って頭を掻きました。おばあさんは、この一言で、本当に何もできないのは犠牲になった人だと気づきます。このあと、おばあさんは「そうかそうか、あんたが一番何もできないんだもんね」と言って、死んだ人の頭を撫でます。
- 被災者に対して、自分ができることは何もないと思っていた
- 本当に何もできないのは、犠牲になった人だと気づいた
最後に置く一言:その無念さを改めて認識したから。
避けたい答え方。「驚いたから」だけでは足りません。何に気づいたのかまで書きます。死んだ人が赤ん坊になるのは、このあとの出来事なので、理由には使いません。
問六 「赤ん坊を連れて、旅を続けることにした」があらわしていること(記述)
設問
線部⑥「赤ん坊を連れて、旅を続けることにした」とありますが、この表現はどのようなことをあらわしていると考えられますか。
答えの組み立て。問いは「どのようなこと」なので、文末は「ということ」で結びます。表面の行動を、その行動があらわす決心に言いかえます。
本文の根拠。赤ん坊は、死んだ人が姿を変えたものです。死んだ人は、長い息を吐いたあと、ぐんぐんと縮んで、ちいさな赤ん坊になりました。旅人はその赤ん坊を抱きしめ、連れて旅を続けます。最後に旅人は、「今日聞いたお話を大切にします」と答えて頭を下げます。聞いた話を、この先へ運んでいく人になるのです。
- 災害の犠牲者の遺志を継ぐ
- 被害や悲しみを風化させないように努めていかなければならない
最後に置く一言:決心したということ。
避けたい答え方。「赤ん坊を育てることにした」では、表面の行動だけです。行動があらわす決心まで、言いかえます。
大問三 俳句を漢字に直して一行で書く
設問
次の句を、カタカナは漢字に直し、文字の形、大きさや配置を整えて一行で書きなさい。
ナのハナやツキはヒガシにヒはニシに
与謝蕪村の句です。漢字に直すのは、菜・花・月・東・日・西の六つで、どれも小学校で習う字です。
書き方。条件は、漢字に直すことだけではありません。文字の形、大きさ、配置を整えて、一行で書くことです。まず、句の全体が一行に入る字の大きさを決めます。漢字とかなのつり合いを見て、行の中心をそろえます。
- 菜・花・月・東・日・西を正しく書く
- 漢字とかなの大きさのつり合いをとる
- 行の中心をそろえ、一行におさめる
避けたい書き方。漢字が合っていても、行の終わりで字を小さく詰めたり、途中で行を変えたりしません。
この回から身につけたい力と、解き直しの手順
説明文では、二つを比べて書く力が問われました。大問一の問三は本人の考えと実際、問四は自分で覚える分野と教わる分野です。物語では、出来事で終わらせず、気持ちや決心の言葉まで書く力が問われました。大問二の問二は「途方に暮れた」、問六は「決心した」が、その言葉です。
- 設問が、理由・内容・表現の意味のどれを尋ねているかを確かめ、結論を短い一言で決めます。
- その一言を支える本文の箇所を探し、状況やきっかけを前に置きます。
- 理由なら「〜から」、内容なら「〜ということ」と、問いに合う文末に整えます。例を使うときは、例から分かることまで言いかえます。
- 書いた答えを読み直し、誰のことか、何が変わったか、結論が文末にあるかを確かめます。一行で書く問題は、漢字と配置も見直します。
2026年度の筑波大学附属駒場中学校の国語は、相手の考え方を理解することと、聞いた声を引き受けることを、具体的な場面から考えさせる出題でした。解答例を覚えるのではなく、どの根拠を、どの順序でつないだのかを説明できるように、解き直してみてください。