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2026年度 海城中第1回 入試国語 徹底解説
海城中学校 一般入試①
国語 徹底解説
物語文(上村裕香『ほくほくおいも党』)+ 説明的文章(北村匡平『遊びと利他』)
はじめに
この記事では、2026年度 海城中学校 一般入試① 国語を徹底解説します。大問1は上村裕香さんの物語文、大問2は北村匡平さんの説明的文章です。それぞれの文章の読み方のポイントと、全設問の解説を行います。
海城中の国語は、文字数が多めの記述問題と、選択肢が長く紛らわしい記号問題が特徴です。記述では要素の過不足なく盛り込む力が求められ、選択肢問題では細かいニュアンスの違いを見極める精読力が試されます。本年度も記述・選択肢ともに海城らしい骨太な出題でした。
大問1:物語文 ― 上村裕香『ほくほくおいも党』
文章の概要
東日本大震災のあった年の五月が舞台です。東北の大学で野球部に所属する康太郎は、被災し仮設住宅に暮らすマネージャー・真由美から頼まれ、浸水被害を受けた民家でのボランティア活動に参加します。初めてのボランティアを通じて被災者と触れ合い、震災の現実を知り、心を大きく動かされていく物語です。
登場人物
東北の大学の野球部の学生。九州出身で方言がある。仮設住宅に住む真由美に誘われ、初めてボランティア活動に参加する。最初は「ランティア」と勘違いしていたほど、ボランティアに対する知識が薄い。しかし実際に被災地で作業し、被災者と接する中で大きく成長していく。
野球部のマネージャー。被災し仮設住宅に住んでいる。小柄でやわらかそうな頬に一筋、泥がついている姿が描かれる。康太郎をボランティアに誘い、SNSでの被災地への心ない投稿にも心を痛めている。芯の強い女性。
ボランティア活動をまとめるリーダー的な男性。四十代前半くらいで大柄。筋肉を使った復興支援活動に参加している。康太郎に好意的で、汗をかきながら家主と話をしている。
被災した生花店の店主。丸い鼻に丸い眼鏡をかけ、パーマのかかった小柄な女性。津波で店が水浸しになり、鉢や苗も引き抜かれている。被災の現実を康太郎に見せ、「ばあさん」(理容室の常連客)のエピソードを語る。
浸水被害を受けた民家の持ち主。康太郎たちのボランティア作業に感謝し、「ボランティアも悪くないと思った」と感想を述べるきっかけとなる人物。
場面の変化
康太郎は真由美に誘われ、浸水被害を受けた民家で約二時間のボランティア作業を行う。筋肉を使った泥掃除や畳拭きなどの重労働。しかし身体の疲労は嫌な感じではなかった。
作業を終え、家主のおじさんに感謝される。達成感を覚えた康太郎は、思わず豊田に向かって「またボランティアしたい」と叫ぶ。
真由美はスマホでSNSを開き、被災地への心ない投稿を康太郎に見せる。「被災地に送ります」というデマや、「がんばろう東北」というハッシュタグをつけた自己満足的な投稿に怒りを感じる。
車で移動し、被災した武井の生花店を訪れる。店内は泥にまみれ、鉢も苗も引き抜かれた惨状。武井は明るく振る舞いながらも被災の辛さをにじませる。
さらに北に向かうと海が見え、津波の爪痕が残る荒れた風景が広がる。武井は更地を見つめ、かつてそこに町があったことを語る。
武井が理容室の「ばあさん」のエピソードを語る。眉毛のない素顔に、化粧で描いた眉毛の「傑作」。被災しても人々の生活や絆があったことを実感する。最後に康太郎は「腰は強いほうなので」と、再びボランティアへの参加を申し出る。
心情表現とその変化
本文では康太郎の心情が段階的に変化していきます。以下、重要な心情変化を整理します。
作業後
宣言
投稿を見る
問五(ウ)
生花店訪問
見る
見つめる
エピソード
問九(イ)
再び申し出
問十一(記述)
「身体は疲労を訴えているのに、それはまったく、嫌な感じじゃなかった」→ ボランティア作業で汗を流し、家主から感謝されたことで得た充実感。身体の痛みすら心地よく感じている。
豊田に向かって「またボランティアしたい」と叫ぶ場面 → 活動を通じてボランティアの意義を体感し、気分が高揚している。無意識に大声で宣言してしまうほどの高まり。
真由美がSNSの投稿を見せる場面 → 被災地を傷つけるような投稿やデマに対する怒り。「真由美は唇を一度噛みしめてから、スマホを乱暴な動作で机に伏せた」という描写に、やりきれない感情が表れている。
海を見て「すんません、海ってあんまり見たことなくて」と謝る場面 → 美しい海を前にしているが、ここが津波の被災地であることに気づき、無邪気に喜んでしまったことへの後悔と衝撃。
「うん、いい顔だった」(ばあさんの素顔に対する武井の言葉)→ 化粧で隠していた素顔が実は美しかったという驚きと喜び。しかし同時に、ばあさんが化粧で素顔を隠さなければならなかった事情への共感。入試ではこうした+と-が入り混じる場面が特に問われやすいので注意しましょう。
比ゆ表現・象徴的表現
夕日に照らされた海の描写。灰色→橙色への変化は、康太郎の心情の変化(重い現実を受け止めつつも、希望や温かさを感じ始めていること)と重なります。
武井の言葉。更地になってしまった場所にかつて人々の暮らしがあったこと。目に見えるものだけでなく、そこに積み重ねられた生活や記憶の重さを象徴する表現です。
主題
震災という大きな出来事を前に、「よそ者」である大学生の康太郎が、ボランティア活動や被災者との交流を通じて、被災地の現実を自分の目で見て知り、被災者の痛みに少しずつ寄り添おうとする姿を描いています。「役に立ちたい」という気持ちと「自分はよそ者である」という迷いの間で揺れながらも、一歩を踏み出そうとする康太郎の成長が主題です。
大問1:設問解説
この様子を説明したものとして最も適当なものを選ぶ問題です。
解説:ボランティア作業による筋肉の張りや痛みが残っているにもかかわらず、家主のおじさんから直接感謝の言葉をかけられたことで、自分の働きが被災者の力になったことを実感しています。重労働による肉体的疲労も不快ではなくなり、以前から参加したいと思っていたボランティアの魅力に引きつけられている状態です。
選択肢アは「家主に感謝された自分の作業が、以前から参加したいと思っていたボランティアであったことに気づき、身体へのほどよい疲れも含めて、ボランティアの魅力にひきつけられている」という趣旨で、本文の内容と合致します。
このときの康太郎の様子を説明したものとして最も適当なものを選ぶ問題です。
解説:ボランティア活動にやりがいを覚え、真由美から直接感謝の言葉をかけられたことによる心の高ぶりもあって、今後もボランティアに参加したいという思いを大声で働くことによって被災者や真由美を喜ばせることができると気づき、また参加したいと思わず宣言した場面です。
ウは「つらい肉体労働から解放されて、好意を寄せている真由美とも話せて気分が高ぶり、自分の思いを伝える声が無意識のうちに大きくなった」という趣旨です。活動しているうちにその意義を強く実感し、真由美に頼まれて何となくボランティアに参加したが、活動していく中でその意義を強く実感していったことがポイントです。
「ボランティアには二種類いると思うの。腰痛くなれる人と、筋肉痛になれない人って言い換えてもいい。」という真由美の言葉の意味を問う問題です。
解説:「腰痛くなれる人」とは、実際に現地で体を動かして汗を流す人のこと。「腰痛くなれない人」とは、実際に体を動かさず、ボランティアに参加することで人から感謝されたり注目されたりすることばかりに喜びを感じ、自分のためにボランティアをしている人のことです。
イは「ボランティアに参加することで人から感謝されたり注目されたりすることばかりに喜びを感じ、満足感を得ている人」という趣旨で、SNSで「がんばろう東北」とハッシュタグをつけて投稿するだけの人などを指しています。
このときの真由美の気持ちを問う問題です。
解説:真由美自身が被災者として辛い思いをしている中で、SNS上では被災者を傷つけるような投稿やデマが飛び交っています。「唇を一度噛みしめて」は怒りや悔しさをこらえる動作であり、「スマホを乱暴な動作で机に伏せた」はもうこれ以上見たくないという気持ちの表れです。
ウは、被災者を傷つけるような投稿が広がっていることへの怒りと、それをどうすることもできないやりきれなさを表しています。
解説:康太郎は、被災者の外からやってくる人が「がんばろう東北」と声援を送りはするが、結局は他人事としてしかとらえることができず、実際に被災地を訪れない人であることに気づいています。また、錯綜する情報を前にして何が正しいのか分からないまま、日々はランダムに流れてくる大量の情報に触れているうちにデマを信じるようになってしまうという問題を捉えています。
ウは「被災者のために働くよりも自分が目立つために働くような人が、錯綜する情報を前にして何が正しいのか自分は何をすべきなのかがわからなくなっている」という趣旨で正答です。
康太郎が謝ったのはなぜかを問う問題です。
解説:九州出身で内陸育ちの康太郎は、海を見て思わず声をあげます。しかし目の前の海は津波で被害をもたらした海であり、ボランティアに参加しているのに自分がこの海を見た瞬間つい声をあげてしまったことに対して、武井を不快にさせてしまったかもしれないと思ったからです。
エは「ボランティアに参加しているのに自分にこの海を目にした瞬間、津波による被害を思い出させてしまうような被災地の海に対して無邪気に喜んでしまったことへの後悔と武井への配慮」が含まれます。初めて見る海への素直な感動と、ここが被災地であるという現実のギャップに気づいた康太郎の繊細さが表れています。
このときの武井の様子を説明したものとして最も適当なものを選ぶ問題です。
解説:武井は「ここ、町があったんすか?」という康太郎の質問に答えることができません。かつてそこに町があったという事実と、今は更地になってしまったという現実。被災地のことを思い出すこと自体が辛く、また町がなくなったという現実をいまだに受け入れきれていない複雑な心情がうかがえます。
ウは「被災地に住んでいた人々のことを思い返すことで、人々の命を奪った災害への憎しみがよみがえってきている」状態に近いですが、ここではむしろ言葉にならないほどの喪失感と、一瞬で消えてしまったことの悲しみやつらさが表れています。
解説:武井の言葉がここで方言になったのはなぜかという問題です。康太郎が被災者とのやり取りに緊張をほぐし、あえて方言を交えてくださけた調子で話すことによって、あわれて故郷の明るいエピソードで場を盛り上げようとしているからです。
エは「康太郎が不安な気持ちを打ち明けてくれたので心を許し始め、生まれ育った故郷の思い出を話そうとするとき、方言を交えてくだけた調子で話すことによって、場を盛り上げようとしている」という趣旨です。武井は康太郎の率直さに触れ、自然体で故郷の思い出話を始めたのです。
武井がそのときのばあさんの顔を「いい顔」だったと思うのはなぜかを問う問題です。
解説:ばあさんは普段、人前では必ず化粧をして眉毛を描いていました(実は眉毛がないため)。ところが理容室でのエピソードで初めてすっぴんの顔を見せたとき、武井はそれ以前からずっと気になっていたばあさんの素顔に驚きや喜びを感じました。
イは「人前で絶対にすっぴんを見せないものを見た驚きや喜びを今も思い出すことができるから」という趣旨です。化粧で隠していた素顔こそが、ばあさんの本当の人柄をうつしだす「いい顔」だったのです。
ここでの武井の思いはどのようなものかを問う問題です。
解説:武井は、更地になってしまった場所にかつて確かに人々の暮らしがあったことを伝えようとしています。ばあさんの話を通して、「町」とは建物や道路という物理的なものだけでなく、そこに住んでいた人々のエピソードや記憶、温もりのことでもあるのだと語っているのです。
エは「それぞれ固有のプライドをもって生きていた人々の固有の生活がここには確かにあったということを具体的なエピソードとして語ることで、『町』を現実に存在したものとして感じてもらいたいと思っている」という趣旨です。消えてしまった町を記憶の中に留めたいという武井の切実な思いです。
康太郎はこの二つの発言(「腰は強いほうなので」と「あの、また困ったら、呼んでください」)を通じてどのような思いを伝えようとしているか、記述で答える問題です。
解説:この記述問題は、康太郎の複雑な内面を正確に読み取れるかが鍵です。ポイントは以下の3点です。
- よそ者としての自覚と不安:九州出身で被災地の人間ではない康太郎は、被災者にどう接すればよいか分からない怖さを抱えています
- 何もしないでいられない気持ち:被災の現実を自分の目で見たことで、黙って見ているだけではいられないと感じています
- 迷いと緊張を押し殺した必死さ:「絞り出すように」という表現から、言葉が自然に出てくるのではなく、内面の葛藤を乗り越えて発した言葉だとわかります
「よそ者」であることへの不安、「何もしないではいられない」という使命感、「迷いと緊張を押し殺している」必死さ、この3つの要素をバランスよく書くことが大切です。どれか一つだけでは不十分です。
大問2:説明的文章 ― 北村匡平『遊びと利他』
文章の概要
筆者の北村匡平さんは、現代社会における読書やメディア消費のあり方について論じています。読書の本質は「旅」に似た「対話のプロセス」にあり、量や速度ではなく、言葉を深く味わうことが大切であると主張します。さらに、倍速視聴やSNSに象徴される「消費」的な情報摂取の問題、フィルターバブルの危険性を指摘し、日常に「偶然性」を組み込むことで他者と出会い、対話する回路を保つことの重要性を説いています。
筆者の主張・意見
多読は決して悪いことではないが、読書の本質は量ではなく、言葉と向き合い、筆者と「対話」することにある。速く読み終わることが目的化してはいけない。
「旅」は未知の世界との偶然の出会いを楽しむもの。一方「観光」は事前に調べて効率よく回るもの。読書は「旅」のように、予期しない発見や感動がある行為であるべきだ。
倍速視聴やダイジェスト視聴は、作品を「情報」として消費しているにすぎず、作り手との「対話」が生まれない。作品を味わうとは、語りのテンポを感じ、カット割りの意味を考えるような行為である。
インターネットのアルゴリズムにより、自分の好みに合った情報ばかりが表示される(フィルターバブル)。これでは未知の他者と出会うことができず、想像力が働かなくなる。
効率や管理が優先される社会では、他者への想像力や利他的な関わりが失われやすい。だからこそ、日常に「偶然性」や「ランダムネス」を組み込むことで、未知の他者や価値に出会い、対話を通じて互いに変容していく回路を保つことが重要である。
対比的な表現
言葉を深く味わう「対話のプロセス」
時間をかけて筆者と向き合う
未知の世界との偶然の出会い
プロセスそのものを楽しむ
新聞などのオールドメディア
予期しない出会いが生まれる
作り手と受け手の「対話」
互いに変容していく回路
倍速視聴・ダイジェスト消費
「情報」として表面をなぞるだけ
事前に調べて最短ルートで回る
効率とタイパを最優先
アルゴリズムで好みの情報だけ表示
未知の他者に出会えない
作り手の労力を無視して自分の都合で消費
他者の欲望を模倣(欲望の三角形)
段落構成
筆者が学者を目指して大学院時代に毎日1冊読書を続けた体験。多読が「終わり」を目標にしてしまい、言葉を味わえなくなったという反省から、読書の本質を問い直す。
若松英輔の言葉を引用し、読書の本質は「対話のプロセス」にあると述べる。「旅」と「観光」の違いをダニエル・J・ブーアスティンの議論から紹介し、読書は「旅」のように未知との偶然の出会いを楽しむ行為であるべきだと主張。
ルネ・ジラールの「欲望の三角形」を紹介。SNSや消費社会において他者の欲望を模倣する構造を分析。倍速視聴やファスト教養の問題を指摘し、作品を「情報」として消費することの危険性を論じる。
タイパ消費の本質は「効率」ではなく「テクノロジーによる変容」だと指摘。フィルターバブルやアルゴリズムの問題に触れ、自分好みの情報だけに囲まれる危険性を論じる。
日常に偶然性やランダムネスを組み込むことが、他者と出会い対話する回路を保つために重要だと結論づける。テクノロジーの「配置=配列」を組み替え、環境をアレンジすることを提案。
重要語句
- フィルターバブル:インターネット上で、アルゴリズムによってユーザーの好みに合った情報だけが表示される現象
- アダプタブル:適応できること。状況や環境に応じて変化できる性質
- 欲望の三角形:ルネ・ジラールの理論。人間の欲望は他者の欲望を模倣(真似)することで生まれるという考え方
- タイパ:タイムパフォーマンスの略。時間あたりの効率を重視する考え方
- 利他的:自分の利益ではなく、他者の利益のために行動すること
大問2:設問解説
解説:いずれも中学入試で頻出の漢字です。特に「間奏」は音楽用語で、曲の途中に器楽だけで演奏される部分のこと。文脈では「途中で立ち止まっても」というニュアンスで使われています。「拡張」と「節約」も確実に書けるようにしておきましょう。
解説:読書の意味で「旅」のたとえが使われています。アは「本を読むときには、文字を読むよりも筆者と対話しながらゆっくり時間をかけて読むことが重要だ」という趣旨で、本文の主張と合致します。速く読み終えることよりも、言葉を味わい、筆者との対話のプロセスを大切にすることが読書の本質であるという主張です。
解説:筆者は「旅」のたとえを使って、読書が情報の確認を目的とするのではなく、意外な出来事や人との偶然の出会いを楽しむような読書を理想としています。エは「『観光』のように効率重視の情報収集ではなく、未知の人々との交流を深く味わう『旅』のように、目的地にある未だ見ぬ世界との出会いやその過程で遭遇した刺激を味わうような読書」と正しく対応しています。
解説:人が自分と他者とを常に比較し、他者よりも多くのモノを所有することが目的化している現代の消費社会で、一つ一つのモノをゆっくり味わうことが難しくなっていることを指しています。イは「人が自分と他者とを常に比較し、他者よりも多くの作品を視聴することが目的化しているから」という趣旨で正解です。ルネ・ジラールの「欲望の三角形」の議論と結びついています。
解説:ルネ・ジラールの理論では、人間の欲望は他者の欲望の模倣から生まれます。「あるシャーペン」を良いと思っているのは、自分自身の判断ではなく、周りの人がそれを良いと言っているからにすぎません。エは「その『あるシャーペン』を良いと言っている周りの人の影響を受けて自分もその『あるシャーペン』が良いものであるに違いないと判断している」という趣旨で正解です。
解説:なぜ「利己的な行為」と言えるのかを問う問題です。倍速視聴やダイジェスト視聴は、作り手が作品にかけた労力を無視し、自分の都合に合わせて作品の内容を変更して視聴しています。アは「作り手が作品にかけた労力を、自分の都合に合わせて排除し、作り手の無意識を捉えるために作品の内容そのものを変更して視聴しているから」という趣旨で正解です。
解説:「利他的な精神」とはどのような関係を指すのかを問う問題です。作り手と受け手が互いの表現と解釈を尊重し「対話」する関係、すなわち受け手が作り手の表現に触れることで作品の世界がより広がっていくような関係です。イは「作り手と受け手が互いの表現の解釈を通じて受け止め、『対話』することによって、互いの可能性を引き出し合い変わっていけるような関係」を指しています。
解説:かつてのビデオデッキによる倍速視聴が問題にならなかった理由を問う問題です。ウは「倍速視聴することで作品が現する情報が姿を変え、その影響で自分のまわりの世界の見方が変わることを、技術の進歩を実感できるような機会となったから」に近い趣旨ですが、正確には当時はビデオデッキが一般家庭に普及しておらず、倍速視聴は研究室の「映画ゼミ」程度でしか行われていなかったため、社会的な問題とはならなかったのです。
解説:インターネットと比較して、なぜ新聞が重要なのかを問う問題です。ウは「自分の好みについてのデータが管理され、趣味嗜好に合う情報にばかり誘導されるインターネットと違い、新聞では自分がいつもは目にしない情報に触れられるから」という趣旨で正解です。新聞は取材に基づいた正確な情報を伝えてくれるメディアであり、アルゴリズムによるフィルタリングがないため、自分の興味外の情報にも触れることができます。
なぜ重要だと考えられるか、本文全体の内容をふまえて100字以上120字以内で説明する記述問題です。必ず「偶然性」「未知」という語を使うこと。
解説:この記述問題は本文全体の要旨をまとめる問題です。以下の3つの要素を含める必要があります。
- 現状の問題:効率や管理が優先され、情報が個人の好みに最適化される社会(フィルターバブル)では、他者への想像力や利他的な関わりが失われやすい
- 「偶然性」の役割:日常に偶然性を組み込むことで、予期しない出会いが生まれる
- 「未知」との出会いの意義:未知の他者や価値に出会い、対話を通じて互いに変容していく回路を保つことができる
「偶然性」「未知」という指定語を忘れずに使うこと。また、「なぜ重要か」を聞かれているので、「〜から」「〜ため」で結ぶ形にしましょう。現状の問題点→偶然性を組み込むことの効果→その結果得られるもの、という論理の流れで書くと高得点が狙えます。
まとめ
大問1の物語文は、震災ボランティアという重いテーマを扱いながら、康太郎の繊細な心情変化を丁寧に追う必要がある良問でした。「よそ者」としての自覚と「何かしたい」という気持ちの葛藤が問十一の記述のカギです。
大問2の説明的文章は、読書論から消費社会論、テクノロジー批判まで幅広い内容で、本文の論理構造を正確に把握する力が試されました。特に問十の記述では、本文全体の主張をコンパクトにまとめる力が問われています。
海城中を目指すみなさんは、「心情の変化を丁寧に追う力」と「本文全体の論理構造を把握する力」の両方を磨いていきましょう。物語文では心情の+と-の切り替わりポイントに注目し、説明文では対比構造と筆者の結論を常に意識して読む練習をしてください。応援しています。






