この記事では、早稲田アカデミー NN開成クラスの第1回 開成中オープン模試(国語)を徹底解説します。出典は岸政彦『断片的なものの社会学』。「物語(先入観)」と「ありのままの真実」の対比が核となる論説文で、開成中入試らしい抽象度の高い読解力が問われます。
配点一覧(合計85点満点)
記述問題の配点が非常に高く、問五(15点)を筆頭に、問二A(10点)・問四A/B(各10点)・問六(10点)と、合計65点分が記述です。開成中の実際の入試と同じく、「書く力」が合否を分けます。
文章の概要 ― 岸政彦『断片的なものの社会学』
岸政彦(きし まさひこ)著『断片的なものの社会学』より。社会学者である筆者が、「語り」「物語」というテーマを通して、私たちの世界認識のあり方を問い直す論説文です。
文章のあらすじ
筆者は毎年あるシンポジウムで、戦争体験を語り継ぐイベントの司会を担当しています。ある年、戦争体験者の男性が大学の学生たちの前で講演を行いました。男性は戦争末期に南の小さな島に配属された体験を語り、学生たちは涙を流して聞き入ります。ところが講演の途中で、男性は突然十秒ほど沈黙してしまいます。
筆者はこの沈黙を手がかりに、「語り」とは何かを考察します。人がある強烈な体験を伝えようとするとき、「人が語る」のではなく「語りそのものが人を突き動かす」のだという主張を展開します。
さらに後半では、「物語」が私たちの世界の見方をつくり上げていること、そしてその物語は「絶対に外せない眼鏡」のようなものであることを論じます。ある小さなマンションに暮らす家族のエピソードを通じて、「物語(先入観)」が真実を覆い隠す仕組みを示し、最後にその物語が中断されたとき、「物語の外側にあるなにか」がかすかに見えるのではないか、と問いかけて文章を閉じます。
段落構成図
① 戦争体験者の男性の語り ― 戦争末期に南の小さな島に配属された体験を学生に語る。講演途中の「十秒の沈黙」。
② 震災経験者の女性の語り ― 阪神大震災の被害を見学の生徒に語る。
ある強烈な体験を人に伝えようとするとき、「人が語る」のではなく、語りそのものが人を突き動かす。語りの「乗り物」「容れ物」になる状態。
・「ある小さなマンションに暮らす家族」のエピソード(物語=先入観が真実を覆い隠す)
・物語=「絶対に外せない眼鏡」(=先入観・固定観念・偏見)
・物語が中断されたとき、「物語の外側にあるなにか」が見える
問一の段落分けでは、転換の接続語「さて」が大きなヒントです。「さて、そうやって私たちは……」という文で後半が始まります。また、前半の中をさらに「経験」と「主張」に分けるポイントは、「ある強烈な体験をして、それを人に伝えようとするとき」という一般化された主張の始まりです。接続語だけでなく、「具体→抽象」の切り替わりに注目しましょう。
対比構造図
開成中の国語では、抽象的な概念の対比構造を正確に読み取る力が求められます。この文章では「物語=先入観=眼鏡」という比喩のつながりを押さえたうえで、「外側にある『なにか』=先入観に左右されない真実」という対極の概念を導き出す必要があります。比喩を具体的な言葉に置き換える練習を日頃から意識しましょう。
重要語句・表現
設問解説
問一段落分け3点×2
二 … ある強烈な(体験をして…)
三 … さて、そう(やって私たちは…)
設問条件に合わせて意味段落を答える問題です。まず「前半(語りとは何か、語りと私たちの関係)」と「後半(物語は破綻と矛盾をはらんでいること)」に分けるところからスタートします。
後半の始まりは、転換の接続語「さて」が目印です。「さて、そうやって私たちは、日常的に、さまざまな物語を集めて生きているのだが……」と、物語の破綻・矛盾についての議論が始まる箇所が「三」の開始点にあたります。
前半の中を「経験」と「主張」に分けるには、具体的事例(戦争体験者の語り・震災経験者の語り)が終わり、筆者の一般的な主張に移る箇所を見つけます。「ある強烈な体験をして、それを人に伝えようとするとき、私たちは、語りそのものになる。」という文が、二つの事例に共通する主張のパートの始まりです。
段落分けの問題では、まず接続語(「さて」「しかし」「つまり」など)を探しましょう。次に具体→抽象の切り替わりを意識すると、「事例」と「主張」の境界が見えてきます。
問二換言説明A:10点 B:6点
A(例)不意に我に返されることによる戸惑い
B 時間と空間の距離
「講演の途中での十秒の沈黙」が何の時間かを答える問題です。沈黙の中身を換言する問題ととらえてもよいですし、沈黙の理由説明ととらえても構いません。
重要なのは、答えが二つあるということです。これは問題を解く上で重要なヒントであり、XとYは本文で「並列」の関係になっている可能性が高いという見方ができます。
Aの考え方
まず男性の「沈黙」の理由を本文中に探しますが、意味段落一の中では直接触れられていません。そこで意味段落二の主張の段落を見ると、「物語というのは生きていて、切れば血が出る。語りをとつぜん中断されたあの男性の沈黙は、切られた物語の静かな悲鳴だった。」とあります。
「切られた物語の静かな悲鳴」がそのままでは比喩的すぎるため、ここでの「男性」と「物語」の関係を明らかにする必要があります。意味段落二の冒頭には「語りに突き動かされる」形であること、つまり人が無意識のうちに「語らされている」状態であることが書かれています。その「語り」が突如分断されたとき、語り部(男性)は不意に「我に返される」。つまりこの沈黙は、無意識のうちに語らされていた男性が、不意に我に返されることによる「戸惑い」の時間だと説明できます。
Bの考え方
「切られた物語の静かな悲鳴」の次の段落の冒頭が「あるいは(選択)」であることに気づきたいところです。「あるいは」を挟んで前後は並列の関係になります。「一九四五年の南洋の小さな島と、二〇一三年の大学のキャンバスとを往復したのだろう。その時間と空間の距離を飛び越える数十秒のあいだ、沈黙が彼を支配していたのだ」とあるため、この沈黙は「時間と空間の距離」を飛び越える時間だと説明できます。
「あるいは」は並列の接続語です。問題文で「AとBの二つに分けて」と指定がある場合、本文の中に並列関係を示す表現がないか探しましょう。「また」「あるいは」「一方で」などが手がかりになります。
問三表現理解6点
ウ
「語っている」に「 」がついている理由を答える問題です。「語り」や「語っている」という表現はこの文章で何度も出てきますが、それらには「 」がついていません。この瞬間だけ筆者が「 」をつけたということは、ある意図があるはずです。
該当箇所は「そのとき、彼はなにかを『語っている』のだろうか」です。その直後に「むしろ、彼は語りにつき動かされ、語りそのものになって、語りが自らを語っているのではないだろうか」と続きます。
つまり、ここでの「だろうか」は反語です。「男性は語っているのではなく、語らされているのだ」という主張が前提にあるからこそ、あえて「 」を使って反語的に主張を表現しています。
問四具体化A:10点 B:10点
A(例)家庭環境が悪い家なので、周囲に漂う悪臭はその家からのもので間違いない
B(例)いざその家に入ってみたら、家具も何もないきれいな部屋だった
線部「それは私たちの手をすりぬけ、私たちを裏切り、私たちを乗っ取り、私たちを望まない方向につくりかえる」について、直後の「ある小さなマンションに暮らす家族」のエピソードの中から、「私たちを乗っ取っていた物語」と「その物語を裏切った事実」を具体的に答える問題です。
まず、直後の具体例の最後に「私たちの自己や世界は、物語を語るだけでなく、物語によってつくられる。そうした物語はとつぜん中断され、引き裂かれることがある。」とあり、我々を構築する「物語」がときに「引き裂かれる」例としてこのエピソードがあるのだということを念頭に置きましょう。
Aの考え方(乗っ取っていた物語)
「ある小さなマンションに暮らす家族」のエピソードでは、その家族が「暴力、貧困、虐待」というキーワードで語られ、それゆえその周辺に漂う悪臭についても、当然その家が原因であろうとみなが思い込んでいた ― そういう物語をもって我々は世界を認識していたわけです。「乗っ取られていた(=我々が持っていた)物語」と「それが破綻することとなった原因『事実』」をそれぞれ答えればよいことになります。
Bの考え方(物語を裏切った事実)
ところが実際には、その家は「家具も何もない、からっぽの、きれいな部屋だった」わけで、その事実によってはじめて、人々が思い込んでいた「物語」が真実ではなかったことがわかったのです。
具体化の問題では、エピソードの中に答えの根拠が必ずあります。抽象的な表現(「乗っ取る」「裏切る」)を具体的なエピソードの言葉に置き換える練習を重ねましょう。「物語(=思い込み)」が何だったか、「事実」が何だったかをセットで整理する癖をつけることが大切です。
問五換言説明15点
(例)人間はどうやっても先入観を持って世界を見つめるしかなく、それから逃れることはできないということ。
「物語は、『絶対に外せない眼鏡』のようなもの」という比喩表現を通して、筆者が伝えたいことを三五字程度で述べる問題です。配点15点と最も高く、この問題の出来が合否を大きく左右します。
まずは構図を整理しましょう。「物語」=「絶対に外せない眼鏡」です。ですから、「物語」はその真偽に関わらず、我々はその眼鏡を外すことが出来ない、つけ続けざるを得ないのだということが説明できます。
「眼鏡」を使った比喩がピンとこないときは、「色めがねで見る」という慣用句を手がかりにしましょう。「色めがね」とは、偏った見方やものの見方の偏りそのもののこと。つまり日本語では「めがね=偏った見方・先入観・偏見」というたとえが昔から使われています。筆者はその「色めがね」に「絶対に外せない」という条件を加えています。普通の色めがねなら外せますが、この眼鏡は外せない。つまり、私たちはどう頑張っても先入観や偏見なしには世界を見ることができないのだ、という主張を比喩で強調しているのです。この慣用句とのつながりを意識すると、記述で「先入観」「偏見」という言葉を自然に導き出せます。
これはまた、線部直後の「私たちはそうした物語から自由になり、自己や世界とそのままの姿で向き合うことはできない」からもわかります。我々は物語を通して、自己や世界を見つめています。しかし、その物語は必ずしも正しいわけではなく、「ときにそれ自体が破綻し、他の物語と葛藤し、矛盾をひきおこす」のです。
自己や世界を「そのままの姿」で見ることができず、「物語」を通してしか理解できないわけですから、ここでいう「物語」とは我々が持っている「先入観」「固定観念」「偏見」と言い換えることが出来ます。我々は「先入観」で世界を見ていますが、それが「先入観」とわかっていても、そこから逃れることは出来ないということが説明できるとよいでしょう。
「~のようなもの」という比喩を換言するときは、①比喩の構図を押さえる(物語=眼鏡)→ ②「眼鏡」の特性を具体化する(外せない=逃れられない)→ ③「物語」を一般的な言葉に置き換える(=先入観)という三段階で考えると整理しやすくなります。
問六換言説明10点
(例)どんな物語にも左右されないありのままの真実。
「物語の外側にある『なにか』」を自分で考えて答える問題です。文脈理解と構造理解で攻めましょう。
まず該当箇所の前後を整理します。
① 物語の外側にある「なにか」は、「それらが中断され、引き裂かれ、矛盾をきたすときに」見える
② 「それら」=物語=先入観
③ 「しかし」によってその前後は対比構造になっている
→ 世界とそのままの姿で向き合うことはできない が、ときに「物語の外側にある『なにか』」が見える
以上のように考えていくと、求めるものは「物語(先入観)」の外側(=対極)であり、文脈上「世界のそのままの姿」と同義になるはずです。端的に言えば「先入観」の外側にある「真実」となるでしょう。
我々は先入観なしに世界を見ることはできませんが、一方でそれが中断し、矛盾した瞬間にはじめて、ほんの一瞬、ありのままの真実を見ることができる。筆者の主張を正確に換言すれば、我々が真実を見るのではなく、真実に我々が見つめられる瞬間があるということになります。「人の先入観を介さない/どんな物語にも左右されない」「ありのままの真実」ということが説明できるとよいでしょう。
問七漢字3点×4
a 末期 b 複雑 c 現役 d 真相
漢字の書き取り問題です。「末期(まっき)」は「末期的」「末期がん」などの用法で確認しておきましょう。「真相(しんそう)」は「真相究明」で覚えると書きやすくなります。
まとめ
この模試で最も重要なのは、「物語」=「先入観」=「絶対に外せない眼鏡」という比喩の連鎖を正確に読み解く力です。開成中の入試では、抽象的な概念を具体例と行き来しながら理解する読解力が求められます。
特に問五(15点)は、比喩を自分の言葉で換言する力が試されます。日頃から「〜のようなもの」という表現に出会ったら、①何と何がたとえられているか、②その特性は何か、③一般的な言葉に置き換えるとどうなるかを考える習慣をつけましょう。
開成合格に向けて、抽象と具体を行き来する読解トレーニングを積み重ねていきましょう。
岸政彦『断片的なものの社会学』(朝日出版社)


