試験の全体像
2026年度の第1回NN女子学院中オープン模試・国語は、大問三題構成です。大問一は馬場あき子「戦争/敗戦の夜」からの随筆文(戦争体験の回想)、大問二は川島結佳子『感情ストーブ』および小島なお・千葉聡『短歌部、ただいま部員募集中!』からのSNSと短歌をテーマにした説明的文章、大問三は漢字の書き取りという構成でした。
大問一は太平洋戦争の開戦から終戦までの筆者の体験を時系列で追う随筆文で、戦争に対する複雑な心情の読み取りが求められました。大問二は現代の中学生にも身近な「SNS」を題材にしつつ、短歌という伝統的な表現と結びつけた文章で、筆者の主張を正確に読み取る力が問われています。
出題のポイント
大問一は心情理解・記述問題の配点が高く(問五が8点)、感情の変化を正確に言語化する力が試されています。大問二も問六が8点の記述で、抽象的な比喩を具体的に説明する力が必要です。女子学院の入試本番と同様に、記述力が合否を分ける構成になっています。
大問一:馬場あき子「戦争/敗戦の夜」(随筆文・44点)
文章の概要
筆者の馬場あき子は歌人・文芸評論家で、自身の少女時代の戦争体験を回想しています。太平洋戦争が始まった1941年(昭和16年)12月8日、中学二年生だった筆者がテスト中に突然の校内放送で開戦を知る場面から始まり、戦時中の学校生活、空襲による自宅の全焼、そして1945年8月15日の終戦(敗戦)の夜までが描かれています。
この文章の特徴は、少女の目を通して戦争という巨大な出来事が描かれている点です。開戦時の「興奮」は喜びではなく焦燥であり、地球儀を見ながらアメリカとの圧倒的な差に不安を抱き、終戦の夜にはギターの音に「甘やかな思い」を感じつつも、怒声を浴びるという複雑な構造になっています。
場面構成図 ── 馬場あき子「戦争/敗戦の夜」
場面① 開戦の日(1941年12月8日)
数学のテスト中に校内放送 → 校庭に集合 →「太平洋戦争がはじまった」
筆者は中学二年の十三歳。「興奮をかくしきれず」=焦燥に近い感情
▼
場面② 教材室での地球儀
友人と教材室で大きな地球儀をながめる → アメリカの大きさと日本の小ささに不安
「大きな大陸」vs「小さな縁飾りの一つ」→ 戦争への漠然とした恐怖
▼
〈回想〉老教師の言葉
理科担当の老教師「私の子供は二人とも戦争で死にました」
→ 少女たちの心に深い同情と感傷 → 戦争の恐ろしさを実感
▼
場面③ 戦時下の生活
空襲 → 自宅が全焼 → 附近の寺に寝泊まり → 専門学校に入学
終戦の放送を聞いたのは自宅待機の時
▼
場面④ 敗戦の夜(1945年8月15日)
灯覆いを外して明るい窓 → ギターの音 →「すばらしい。戦争は終ったのだ」
しかし近隣住民から怒声 →「やめろ」→ 敗戦を喜ぶなという怒り
筆者は「圧倒的な憤怒」を感じつつも、戦争の終わりへの安堵と複雑に向き合う
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心情変化表 ── 筆者(馬場あき子・少女時代)の感情の動き
開戦の日
テスト中に校内放送で開戦を知る
±
「興奮をかくしきれず」→ 喜びではなく焦燥。「重大の時が来てしまった」「悲痛な檄のような調子」
問二(4点)
地球儀
友人と教材室で米国と日本を見比べる
-
「暗い未来が広がっているような気分」→ 戦争への漠然とした不安・恐怖
問三(4点)
問四(6点)
老教師の言葉
「私の子供は二人とも戦争で死にました」
-
「深い同情と感傷」→ 戦争への恐れを改めて実感。少女たちの心を「いたく刺戟」
問五(8点)
終戦の夜①
灯覆いを外した窓とギターの音
+
「すばらしい。戦争は終ったのだ」「甘やかな思い」→ 解放感・喜び
問九Ⅰ(6点)
終戦の夜②
近隣住民の怒声「やめろ」
±
「圧倒的な憤怒」→ 日本が敗けたのに喜ぶなという怒り。筆者自身の中にも複雑な感情が交錯
問九Ⅱ(6点)
+プラス心情
-マイナス心情
±混在(入試で特に問われやすい)
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設問解説
問一2点
「ゴリムチュウ」を漢字に直しなさい。
「迷ってしまい方針や見込みが立たないこと」を意味する四字熟語です。「ムチュウ」を「夢中」と書いてしまう間違いに注意しましょう。「霧の中」にいるように周囲が見えないという意味です。
問二4点
「類をまるかに紅潮させながら」(傍線②)のときの心情として最も適切なものを選びなさい。
模範解答
ウ ── 戦争の開幕に動揺し、冷静さを欠いている
傍線②を含む一文に「興奮をかくしきれず」とありますが、この「興奮」は喜びではありません。直後に「重大の時が来てしまった」「まるで悲痛な檄のような調子で」とあり、この興奮は焦燥に近いものだと読み取れます。
読解テクニック
「興奮」という言葉だけで判断せず、前後の文脈から感情の質を見極めることが大切です。プラスの興奮(喜び)なのか、マイナスの興奮(焦り・動揺)なのかを見分けましょう。
問三4点
「だいじょうぶなのだろうか」(傍線③)と同じ不安をあらわす部分を文中から二十字で探し、はじめと終わりの五字を抜き出しなさい。
模範解答
はじめ:
暗い未来が / 終わり:
分になった
傍線③は筆者が地球儀でアメリカと日本を見比べたときの不安です。同じように戦争への漠然とした不安を抱く場面は、次の段落で「真珠湾に散った九人の軍神たちの写真」を見つめ、「暗い未来が広がっているような気分になった」と書かれている箇所です。
問四6点
「誰にでもわかる対比」とありますが、ここでは何と何が「対比」されていますか。
模範解答
広くて強大なアメリカ /
ちっぽけで力のない日本(順不同)
筆者が教材室の地球儀をながめた場面です。アメリカ大陸の大きさに対して、日本は「小さな縁飾りの一つ」にすぎないと感じています。この対比から、戦争に勝てるのかという不安が生まれています。
問五8点
「この言葉は少女たちの心をいたく刺戟した」(傍線⑤)とありますが、どういうことですか。その理由もふくめて説明しなさい。
模範解答
理科担当の老教師から戦争によって二人の子供を失ったと聞き、筆者や他の少女たちに老教師への深い同情と感傷が湧き起こったことによって、戦争への恐れを改めて実感することになったということ。
「この言葉」は老教師の「私の子供は二人とも戦争で死にました。」という発言です。傍線⑤の直後に「『あの先生にはもう子供がいないのだ』ということが、深い同情と感傷を誘った」と説明されています。記述では「誰の」「何の言葉が」「どんな感情を引き起こし」「それが何につながったか」を順序立てて書きましょう。
記述のコツ ── 8点問題
この問題は本試験で最も配点が高い記述です。「この言葉」の内容、「刺戟した」理由、戦争への恐怖という結論の3要素をすべて盛り込む必要があります。一つでも欠けると大幅減点になるので、要素の漏れがないか必ずチェックしましょう。
問六6点
A「この日」、B「あの日」とは具体的にいつのことですか。
模範解答
A:
太平洋戦争がはじまった日。
B:
日本が敗戦した八月十五日。
「この日」は数学のテスト中に校庭に集まるよう校内放送が入った日、つまり太平洋戦争の開戦日(1941年12月8日)です。「あの日」は家で「雑音の多い重大放送」を聞いた日、つまり1945年8月15日の敗戦の日です。
問七2点
「万葉集」の成立時代を選びなさい。
万葉集は日本に現存する最古の和歌集で、奈良時代末期の成立です。文学史は女子学院の入試でも頻出なので、主要作品の時代は確実に押さえましょう。
問八2点
「耳なれぬ独特のイントネーション」と同じ意味の説明を選びなさい。
模範解答
ウ ── 聞いたことがない特徴的な調子(馴染みのない特有の方言)
「イントネーション」は「調子・音調・抑揚」を意味する外来語です。「耳なれぬ」は「聞き慣れない=馴染みがない」という意味です。
問九6点
文の空欄にあてはまるように言葉を補いなさい。Ⅰ=喜びの内容、Ⅱ=怒りの原因。
模範解答
Ⅰ:
戦争が終わったことへの喜び
Ⅱ:
日本が戦争に敗けたこと
終戦の夜、灯覆いを外した明るい窓とギターの音に筆者は「甘やかな思い」を抱きます(Ⅰ)。しかし、近隣住民の怒声「やめろ」は、日本が敗戦したのにギターを弾いて喜ぶとは何事か、という怒りです(Ⅱ)。終戦を「解放」と捉える筆者と「敗北」と捉える住民の対比が読み取りのカギです。
問十4点
本文の内容と合うものを選びなさい。
アは「自宅に戻るまで知らなかった」が誤り、イは「附近の寺で寝泊まりしていた」が誤り、エは「多くの家がその日のうちに」が誤りです。本文の場面と照らし合わせて一つずつ確認しましょう。
大問二:川島結佳子『感情ストーブ』他(説明的文章・46点)
文章の概要
大問二は、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)と短歌をテーマにした文章です。筆者はSNSが苦手だと述べつつ、SNSの眩しい世界を「眺める側」である自分への虚脱感を吐露します。そこに石川啄木の短歌を引き合いに出し、「短歌は落ち込んでいるときの自分の心を容れるのにちょうどいい器」だと述べます。
さらに、心は「多面体」であり月のように見え方が変わるもので、他人の一瞬の言動だけでその人のすべてを知った気にならないでほしいと訴えます。最終的に、SNSは「必要なときに必要なだけその明るさを浴びればいい」、つまり懐中電灯やライブのライトのように上手に活用すべきだと結論づけています。
対比構造図 ── SNSの「光」と「影」、そして短歌の役割
SNSの「光」(明るい側面)
- 華やかな世界が広がる
- 何百、何千の人たちとつながれる
- 暗闇をゆくときの懐中電灯になる
- 居場所を見つけて安心できる
- 「必要なときにその明るさを浴びればいい」
VS
SNSの「影」(暗い側面)
- 気づかないうちに時間を浪費する
- 「良い状態の私」との比較で落ち込む
- 自分は「眺める側」という虚脱感
- 「嫉妬」や「落ち込み」につながる
- 一部の言動で人を決めつけてしまう
筆者の結論 → SNSに振り回されず、「必要なときに必要なだけ」明るさとして活用すべき。心の整理には「短歌」が有効。
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筆者の主張の整理
筆者の主張(3つの柱)
①SNSの眩しい世界を見て落ち込むのは自然なこと。②自分の心をアウトプットする手段として「短歌」は有効な器である。③SNSは否定すべきものではなく、「必要なときに必要なだけ」活用すればよい。
設問解説
問一4点
「私はSNSが苦手です」(傍線①)のときの心情として最も適切なものを選びなさい。
SNSが苦手な理由は傍線①の直後で2つ説明されています。1つ目は「軽い気持ちで見始めたはずが、気づいたら一時間経っていた」(時間の浪費)、2つ目は「しかも」以降の精神的な落ち込みです。この2つに対応する選択肢をどちらも選ぶ完答問題です。
問二4点
「それでも……」(傍線②)の省略された言葉として最も適切なものを選びなさい。
「良い状態の私」に対する憧れを持ちつつも「毎秒毎秒すてきでなんかいられない」と冷静に考えている段落です。「それでも……」は、わかっていても理想を追い求めてしまう、後ろ髪を引かれるような感情を表しています。SNSの世界と現実の自分を比較して揺れ動いている心情を読み取りましょう。
問三4点
「SNSを見ながらひねくれている」(傍線③)とき、心情が具体的に述べられている部分を文中から抜き出しなさい。
模範解答
自分はいつ ~ 」側なんだ
(「自分はいつだって眩しい世界を『眺める』側なんだ」)
SNSで華やかな世界を見つつも、自分はそこに入れず「眺める」だけの存在だという虚脱感が「ひねくれている」の具体的な内容です。
問四4点
「短歌は落ち込んでいるときの自分の心の容れるのにちょうどいい器」(傍線④)の説明として最も適切なものを選びなさい。
「自分の心を容れる」とは心のアウトプットです。短歌を自分で創作することで心を吐き出せるという意味であり、これを正しく説明しているイが正答です。
問五2+4+4点
「その短歌が広く共感を呼んだ」(傍線⑤)について、A:誰が詠んだか、B:どのような短歌か、C:なぜ共感が集まったのか。
模範解答
A:
石川啄木(啄木)
B:
貧困に苦しむ惨めな自分を詠んだ短歌
C:
多くの人がさまざまな理由で自分への惨めさをひそかに抱えているから。
石川啄木は「死ぬまでずっと惨めな自分をうたい続けた」歌人です。その短歌が時代を超えて共感されるのは、「みんな惨めな自分をひそかに抱えている」からこそだと本文で説明されています。
問六8点
「三日月の欠けたところに腰かけるみたいにオレを知ろうとするな」(傍線⑥)について説明しなさい。
模範解答
人の心のすべてを理解することはできず、常に断片的な一部分しか見えないものなのだから、今この瞬間に見えている自分の言動だけですべてを理解して、知った気にならないでほしいということ。
心は「多面体」であり、月のように本当はずっと球体なのに見え方が変わります。三日月は月のごく一部しか見えていない状態のたとえであり、その「欠けたところ」=見えている一部分だけで「知った気になるな」と訴えています。
記述のコツ ── 比喩の言い換え
「三日月」=心の一部分しか見えない状態、「欠けたところに腰かける」=わかった気になる、「オレを知ろうとするな」=すべてを理解しているかのように振る舞うな。比喩の要素を一つずつ具体的に言い換えて記述しましょう。
問七4点
「つくづく心って面倒」(傍線⑦)の説明として最も適切なものを選びなさい。
「心」の面倒さとは、「自分のことを知ってほしいという気持ち」と「簡単には自分のことを知られたくないという気持ち」の両方を持っていることです。この相反する二面性を適切に説明しているアが正答です。
問八2点
⑧にあてはまる言葉として最も適切なものを選びなさい。
直前に「弓なりの形が」とあります。「揺りかごのシルエット」という部分も参考に、弓なりの形状が三日月に似ているハンモック(エ)が正答です。
問九6点
「必要なときに必要なだけその明るさを浴びればいい」(傍線⑨)とありますが、どういうことですか。
模範解答
生きていく中で自信を失ってネガティブな思いにとらわれ、くじけそうになったときは、心を落ち着かせて再び前向きになれるように、華やかな世界が広がるSNSを便利に活用すればよいということ。
「暗闇をゆくときの懐中電灯のように、ライブ会場で振るライトのように」SNSを使えばよいという比喩です。「必要なとき」とは人生で困ったりネガティブになっているとき、「明るさを浴びる」とはSNSの華やかさに慰められたり居場所を見つけたりすることです。SNSを全否定するのではなく、上手に付き合っていくべきだという筆者の結論を記述に盛り込みましょう。