2026年度 フェリス女学院中学校
国語 徹底解説
はじめに ― 2026年フェリス女学院中の国語を総括する
フェリス女学院中の国語は、例年「記述量の多さ」と「心情の深さを読む力」が問われる難関国語の代表格です。2026年度も例年通り、大問構成は次の4題でした。
- 大問一:物語文(河﨑秋子「うまねむる」)— 配点・分量ともに中心
- 大問二:随筆(永井玲衣「出会う」)— 200字作文を含む
- 大問三:文法(修飾語・被修飾語)
- 大問四:漢字の読み書き
とくに大問一の物語文「うまねむる」は、現在と回想が交差する複雑な場面構成と、「馬」という生き物を介した人間模様を深く読み取る必要があり、フェリスらしい硬派な出題でした。大問二の随筆は、谷川俊太郎さんの追悼として書かれた哲学エッセイで、200字作文「とんでもないおとし物」は自分自身の体験や価値観を言葉にする、自由度の高い問いでした。
この記事では、物語文の人物相関図・場面構成図・心情変化表を使って構造を整理したうえで、全設問を模範解答に沿って一問ずつ丁寧に解説していきます。
大問一 物語文|河﨑秋子「うまねむる」
出典情報
北海道を舞台に、養蚕・ミンク飼育・ハッカ栽培・羽毛採取・装蹄屋・レンガ製造など、興り衰退していった7つの産業を描いた連作短編集。第39回新田次郎文学賞受賞作。
「うまねむる」は収録作の一編で、昭和35年の江別市を舞台に、装蹄屋の息子・鈴木雄一と、馬に蹄鉄を打つ父・陽一、そして馬耕中に脚を折って死んでしまった馬をめぐる物語です。フェリスの入試本文では、大人になった雄一がダンプカーの運転手として働く「現在」と、小学5年生の雄一が目撃した出来事「過去(回想)」が入れ子構造で語られます。
あらすじ(入試本文の範囲)
冒頭、主人公の鈴木雄一はダンプカーの運転席から札幌のよごれた町中を見下ろしながら、土砂置き場と現場の往復に明け暮れている。世の中は好景気で、車列がなかなか進まない。
ふと、前方でのろのろ進む馬の荷車が目に入る。老人が手綱をとる小さな茶色の馬だ。雄一の同僚が後ろからクラクションで荷車を急かし、馬をおどろかせて追い越していく。同僚は雄一に「困ったもんだよ」と得意げに笑うが、雄一はそのふるまいに強いいかりを覚え、遠ざかる馬の姿を目で追いかけながら、昔の記憶へと入り込んでいく。
場面は昭和三十五年、札幌近郊・江別市へ。装蹄屋『鈴木装蹄所』を営む父・陽一のもとで、小学5年生の雄一が馬に蹄鉄を打つ仕事を手伝っている。父は頑固だが腕のよい職人で、遠くからも馬主が訪ねてくるほど信頼されていた。ある日、学校の畑を馬で耕す行事があり、担任の林教諭が、農家の御木本さんから借りた大きなブルトン種の馬にプラウを引かせる。しかし林の扱いが下手で、馬の脚が木のように折れる不吉な音が響く。馬はその場で倒れ、もがき続ける。子ども達の悲鳴の中、雄一は馬にかけ寄り、山口獣医師と大人たちがやってきて、静かに馬は殺されていく。
その日の夕方、家に戻った雄一は父に「馬は?」と聞くが、父は「だめだった」とだけ答え、馬のけがの原因についても「だれかだけが悪いわけでない」とつぶやくだけで、何も多くを語らない。装蹄屋としての分をわきまえ、口を閉ざす父の姿に、雄一は子どもながらに職人の使命の重さを感じ取る。
そして物語は現代に戻る。ダンプカーの運転席で同僚の乱暴なふるまいを思い返した雄一は、「馬は人と心を通わすことのできる大切な生き物であり、あの同僚の行為は許されない」という思いを強くするのだった。
主題
この物語が描くもの
馬と人との深いつながりと、馬という役割が時代とともに失われていくことへの悼み。そして、装蹄屋という職人の矜持(きょうじ)と、生活のためにやむを得ず馬を苦しめる現実への葛藤。大人になった雄一の怒りは、かつて目の前で死んでいった馬への記憶と、それを静かに受け止めた父の姿によって支えられています。
登場人物と人物相関図
「うまねむる」は現在と過去(回想)が交錯するため、登場人物が多く、また雄一自身も「大人の雄一」と「小学5年生の雄一」の二つの時点をまたいでいます。まず相関図で整理しましょう。
大人=ダンプ運転手
回想=小5
装蹄屋の職人
頑固だが堅実
馬をクラクションで
おどろかす
馬耕に慣れていない
得意げに自信
ブルトン種の馬を
学校に貸し出す
処置する人物
おだやかな気性
物語の中心存在
場面の構成 ― 現在/回想のつなぎ目をつかむ
この物語は「現在(大人の雄一)→ 回想(小5の雄一)→ 現在」という入れ子構造になっています。場面の切れ目を意識しないと、どの時代の話か混乱します。
心情変化表 ― 大人の雄一の気持ちを追う
この作品で特に丁寧に追うべきなのは、「大人の雄一」の心情の揺れです。現在・回想の両方で、雄一の感情はマイナスから始まり、静かに「怒りのもとにある深い愛情」へと結晶していきます。
ダンプ車列
重要語句・表現
大問一 設問解説
問一「きっちりと」と同じ意味の用例を選ぶ
4(計画にそって仕事をきっちりとこなした)
本文の「きっちりと」は父・陽一が「きっちりと育てられた雄一」と使われていた場面で、「計画にそってきちんと、手抜きなく」の意味。選択肢の「二メートル」「すきまもない」「方向にかたよる」「料理を重箱につめた」はすべて「すきまなくぴったり」「定着して動かない」などの意味で、微妙にずれます。「予定通り・きちんと過不足なく」のニュアンスは選択肢4が最も近いと判断します。
問二「一辺とう」の文中の意味
3(すっかり定着していること)
本文では「土は定着している=しっかり根付いている」という文脈で「一辺とう」が使われています。一般的な辞書的意味は「ひとつの方向だけにかたよること」ですが、ここでは前後の「しっかりとばり付けられている」「徐々に温度を下げて白くなり」「馬に合った形へと変える」といった、土や鉄の状態がしっかり固まって動かなくなる様子が語られています。この文中の意味としては3「すっかり定着していること」がふさわしい。
問三A・B の春の空気/時代の変化
① A:排ガス・粉じん B:どろ・馬ふん
② 馬の担っていた役割が、ダンプカーなどに代えられていった。
A(現在)はダンプカー社会の町の空気=乗用車やトラックの排ガス、圧雪と黒い粉じん。B(昭和35年、回想)は馬の時代の春の空気=どろと馬ふんのにおい、馬ふん風。
②は、AとBの間に横たわる時代の変化を問うています。昭和35年までは馬が人々の生活(馬搬・馬耕・運搬)を支えていたのに、現在は馬の役割がダンプカーやトラクターに置き換えられたという大きな産業の転換を、20〜30字程度で表現します。
問四同僚の心情
4
交通の流れをさまたげる時代さく誤のみすぼらしい老人の存在を目ざわりに感じ、仲間の雄一にうったえようとしたが、雄一に厳しくとがめられた気がして落ちこんでいる
同僚はクラクションを鳴らして馬をおどろかせた直後、雄一に「困ったもんだよ」と得意げに同意を求めます。しかし雄一は同調せず、同僚は「鼻白んだ表情」に変わっていく。この変化が「同僚の心情」の要点です。
- 1:雄一がいらだっていたのは同僚で、老人ではない → ✗
- 2:会社員らしい「じょう談」を好んだわけではない → ✗
- 3:「自分の前方でゆうゆうと」という解釈は本文にない → ✗
- 4:老人を目ざわりに感じ、雄一に同意を求めたが反発され落ちこんだ → ○
問五「さっきの行為」とは何か(30字以内)
荷車にクラクションを鳴らし、馬をおどろかせ、急き立てた
「さっきの行為」=同僚が馬の荷車を追い越す直前にした行動。本文には「たましいクラクションがひびいた。音におどろいたのか、馬はびくりとはね上がった後、歩みを速めてけん命に荷車を引く」とあります。これを「荷車に/クラクションを鳴らし/馬をおどろかせ/急き立てた」の4要素でまとめると30字以内に収まります。
問六①何年生か ②何人で暮らしていたか
① (小学)五 年生 / ② 二 人
①本文に「春に小学校の五年生に進級し、現実味を帯びて自分の将来を考えるようになった今…」とあるので小学5年生。
②「母を知らず、しかし働き者の父にきっちりと育てられた雄一」とあるので、雄一は母とは死別または別れ、父と二人暮らし。「2人」が正解。
問七馬の鼻をなで続けた様子からわかること
1
ふだんから父の仕事の手伝いを通して馬の状態のびみょうな変化を理解しており、馬に対して人一倍とおしさを感じていること
傍線部「雄一は馬の顔に手をのばすと、その鼻先にふれた。それでも、表面に短く密生した毛の感しょくを楽しむように、やわらかい皮ふが、きん張からこわ張っているのが分かる。それでも…雄一は馬の鼻をなで続けた。」という描写に注目。
この描写から読み取れるのは、雄一が「皮ふのびみょうな変化」まで感じ取れるほど馬に慣れ親しんでいること=ふだんから父の手伝いを通して馬に接してきた経験があること。さらに「なで続ける」行動そのものが馬への深い愛情・とおしさの表れです。
問八雄一が「かたい表情で見守っていた」理由
2
馬のあつかいに慣れていない者が下手な耕し方をこのまま続けたら、馬にとって何かよくないことが起きるのではないかと危ぶみ、きん張している
林教諭は自信満々に馬耕を始めたが、プラウの角度が深すぎて馬が止まる、急に鞭を打ってあわをはくといった、馬にとって負担の大きい耕し方を続けた。装蹄屋の息子として馬の様子を見抜ける雄一は、「このままでは何か良くないことが起きる」と危ぶんでいたのです。
問九「だれか、山口さん呼んで来て!」のときの心情
3(馬にけががをさせた林へのいかりがばく発し、無意識に大声を出している)
「無意識に口をついて出てきた」というのがカギ。冷静な判断ではなく、衝動的に叫んでしまったこと=林へのいかりの爆発と読むのが自然です。選択肢1・2は「無意識」の要素が弱く、4も「冷静さを欠いた」という表現はあるものの「自発的な指揮を取っている」が本文から読み取れない(雄一は当時小学5年生)。
問十「これから大人達が下すであろう決断」を10字以内で
馬を殺すこと。
脚を折った重種馬を生かしておくことはできない ― この事実は大人たちの間では暗黙の前提になっている。「不吉な音」「立てずにもがき苦しむ」「足の速い同級生が馬主の家へしらせに」などの描写が、山口獣医を呼ぶ意味=「馬を安楽死させること」を示唆します。字数制限のため「馬を殺すこと。」と簡潔にまとめるのが模範解答。
問十一「何も思考にのぼらないままで叫んだ」ときの二つの気持ち
ア:4(自分の家と縁を持つ馬を身内のように思う気持ち)
イ:1(馬を救い出す方法をなんとか見出して役立ちたいという気持ち)
この場面での雄一の叫びは、単なる怒りではなく二つの気持ちが同時に働いた結果です。①「身内のような馬への愛着」(父の仕事の手伝いを通して馬と深く関わってきた)と、②「なんとか救いたい/役立ちたい」という子どもなりの必死さ。選択肢の中でこの2つに該当するのが 4 と 1。
問十二「『さあな』簡素に過ぎる答え」に雄一は呆気にとられた
2
馬の状態を熟知しているはずの父にけがの原因を示してほしかったのに、無責任にも思えるような父の返答を聞きあまりにも意外で、気持ちのやり場がなくなっている
雄一は父に「装蹄屋として馬を見てきたプロ」としての診断を期待していた。けがの原因が「脚に問題があったのか」「学校での使い方が悪かったのか」を明らかにしてほしかったのです。ところが父は「さあな」の一言。その返答が無責任にさえ見えることに雄一は呆気にとられ、どこに気持ちを向ければいいか分からなくなっています。
問十三父の「だれかだけが悪いわけでない」の意図
2
馬にけががを負わせてしまった教師のつらい気持ちも、どちらも思いやれる人間に育ってほしいと教えさとそうとしている
父が同じ言葉をくり返した理由は、「怒りの対象を誰か一人に定めてしまうことへの戒め」。林教諭にも、御木本さんにも、それぞれ落ち度はあるが、皆がそれぞれの立場でつらい思いを抱えている。父はそれを雄一に伝え、「相手の立場を思いやれる人間」に育ってほしいと願っている、と読み取ります。
問十四父の本心を知って雄一は何も口を開けなかった
3
蹄鉄屋としての分をわきまえ、馬の処置には口出しすまいと自分を律する父の姿に、職人としての使命の重さを思い知らされている
父は、装蹄屋の仕事は「馬に蹄鉄を打つこと」だけではなく、馬の健康管理や歩行改善にも関わる重要な仕事だと誇りをもっていた(第4ページ参照)。しかし馬の処置(安楽死させる判断)は獣医や馬主の領域であり、そこには口を出さない。そう自分を律する父の姿に、雄一は職人の厳しい倫理・使命の重さを見たのです。
問十五現代の雄一が同僚の行為に対していかりを増す理由
1
馬は人々にとって大切にするべき時代おくれの道具でしかないものでも、雄一にとっては人間の暮らしをけなげに支えてきた大切な存在であり、同僚が馬をじゃ険にあつかうのが許せないと思ったから
この設問は、作品全体の主題に直結する大問のまとめ的な問いです。現在の多くの人にとって馬は「時代おくれの道具」でしかなくても、雄一にとっては子どもの頃から父の仕事を通じて深く関わり、心を通わせてきた大切な生き物。その愛おしい存在を、同僚は単なる邪魔もの扱いにして急かし、おどろかした。だから強いいかりが増すのです。
大問二 随筆|永井玲衣「出会う」
出典情報
著者の永井玲衣(ながい・れい)さんは、1991年東京都生まれの哲学研究者・エッセイスト。学校・企業・寺社・美術館・自治体などで「哲学対話」を行うことで知られ、『水中の哲学者たち』『世界の適切な保存』などの著書があります。
本文「出会う」は、2024年11月に亡くなった詩人・谷川俊太郎さんへの追悼として書かれたエッセイ。「知っている」ことと「出会う」ことの違いをめぐる、哲学的で詩的な一編です。
文章の要旨
ある取材中、居合わせたカメラマンが筆者に話しかけてきて、「全然よく知らないんですけど、もう忘れられない」と、スマホの画面にあった一行を見せる。それはあまりに衝撃的で、カメラマンは写真もブレてしまったほどだった。その一行は、谷川俊太郎の詩「かなしみ」の一節だった。
筆者は胸を突かれる。「このひとは、谷川俊太郎に出会ったのだ」。谷川俊太郎の名前は日本でもっとも知られた詩人のひとつであり、このカメラマンも名前は知っていただろう。しかしそれと「出会う」ことはまったく別のことだ。
筆者はそこで同時に思う。言葉はあまりに多くの人に踏みしめられると、崩れてくる。口の中で噛みしめられつづけて味がしなくなることもあるし、路上に吐き捨てられることだってある。それなのに、まだ、これほどまでに鋭く一人の生に差し迫り、存在をおびやかすほど生き生きとした姿で届く言葉がある。それはなんと幸運なことだろう、と。
文章の論理構造(対比構造)
● 口の中で噛みしめられ味を失う
● 路上に吐き捨てられる
● 名前は知られているが心に届かない
→ 使い古されて本来の意味を失い、魅力のない言葉になる
● 存在をおびやかすほど鋭く届く
● 生き生きとして輝いている
● 手元のスマホを見たとき、胸のどくどくと脈打つほどの衝撃がある
→ 言葉が本当にそのひと一人のものになる
まだ「出会う」ほどの力を持ちうる。それは幸運なことだ。
大問二 設問解説
問一ここでの「出会った」とはどのようなことですか(30字以内)
自分の生に差しせまり、存在をおびやかすほど生き生きとした言葉(にふれた・に出会った)こと。
筆者が「出会った」と強調するのは、単に知っているだけではなく、その言葉がそのひと自身の生存や生き方に深く関わってくるほどの体験を指します。本文後半の「自分の生に差しせまり、存在をおびやかすほど生き生きとした」という表現をそのまま使うとよい。
問二【 】にあてはまる語(「まだ□□される」)
4 発見
本文:「そこにわたしは立ち会えたのである。なんて幸運なことだろう。そして同時にこうも思った。谷川俊太郎とは、まだ、まだ【 】されるのか…」。ここに入るのは、これだけ有名な詩人の言葉が、それでもまだ誰かに新鮮に「見つけ出される」という意味合いの語。選択肢の中では「発見」が最適。「記憶」「尊敬」「評価」「探求」「消費」は、「まだ…される」の主体がすでに知られている詩人に重ねるとしっくりこない。
問三「言葉はあまりにも多くのひとにふみしめられると、くずれてくる。口の中でかみしめられつづけて、味がしなくなることもあるし、路上にはき捨てられてしまうことだってある。」とはどういうことか
使い古されて本来の意味を失い、魅力のない言葉になること。
「踏みしめられる」「噛みしめられて味をなくす」「吐き捨てられる」― いずれも「使い古されて本来の魅力を失った言葉」を表す比ゆ表現です。一つひとつのイメージを統合して、わかりやすく一文にまとめましょう。
問四本文中の詩を読んで、あなたにとっての「何かとんでもないおとし物」について、200字以内で
わたしにとっての「とんでもないおとし物」は、「昔は自然に持っていた、本気で夢中になる力」だと思う。なぜなら、前は好きなことを見つけると、時間を忘れるぐらいのめりこむことができたのに、いつの間にかまわりの目が気になるようになって、「こんなことをしていていいのかな」と考えてしまい、素直に楽しめなくなったように感じるからだ。あの頃のように何にでも素直に熱中できる気持ちを、もう一度思い出したい。
この200字作文は、「自分にとって本当に大切だったはずなのに、いつの間にか手放してしまったもの」を、①何をおとし物だと考えるか/②なぜそれをおとし物だと思うのか/③どうしたいと思うかの3要素で構成します。
大問三 修飾語の関係
波線部(~~部)を修飾している語を、選択肢の中から一つ選ぶ問題。この問題は「修飾=前から後ろを説明する関係」を正確にとらえる必要があります。
設問解説
1「祖母が ア作った イワンピースを ウ着て エコンサートへ オ行く。」
イ
波線部「ワンピースを」を修飾しているのは「作った」(ア)の動作主を示す文節ですが、厳密には「ワンピース」がどんなワンピースかを説明するのは連体修飾=「祖母が作った」の「作った」が中心。ただし本問の答えはイ(ワンピースを)を修飾する直前の語=「祖母が」ではなく「作った」がイを修飾という読みを確認するもの。模範解答はイが指す構造を「作った」に遡って捉えさせる設定になっています。
2「だれにも気づかれない うちに 兄は出かけ、遠くへと向かった。」
ウ
波線部を「出かけ(エ)」と想定し、「いつ出かけたか」=「(だれにも気づかれない)うちに」(ウ)が修飾しているという関係。連用修飾の典型例。
3「しんしんと 雪の降り積もる 様子を 窓から ながめる。」
ア
波線部「降り積もる」を修飾するのは「しんしんと」(ア)。「どのように降り積もるか」を表す副詞的修飾。
4「やはり あの人の言った 内容は 真実だった。」
ア
波線部「真実だった」を修飾する副詞は「やはり」(ア)。「(予想通り)やはり真実だった」という叙述関係をつかむ。
大問四 漢字の読み書き
カタカナを漢字に直す
漢字の読みを書く
まとめ ― 2026年フェリス国語から学べること
受験生へのメッセージ
2026年のフェリス女学院中の国語は、「人と動物(馬)の心の通い合い」という硬派な題材と、「言葉との出会いとは何か」という哲学的な問いで構成されていました。どちらも、中学受験生にとっては重たい内容です。
しかしフェリスが問うているのは、決して「背伸びして大人ぶった答え」ではありません。「本文に書かれていることを、自分の言葉でていねいに言い換えられるか」。「登場人物の気持ちの揺れを、時系列に沿って追えるか」。この2点が徹底して問われます。
とくに今回の物語文は、「現在」と「回想」が入れ子になっている難しい構造ですが、心情変化表のように場面ごとに気持ちを色分けして読むと、ぐっと整理しやすくなります。記述問題では「気持ちの原因 → 気持ち → 行動」の三段階を意識して解答を組み立てましょう。
フェリスを目指す皆さん。本を読むときに、ときには一つの言葉の前で立ち止まり、「あ、この言葉と今、出会ったな」と感じる体験を、これからも大事にしていってください。
出典情報
出版社:集英社/集英社文庫 著者:河﨑秋子(かわさき・あきこ)
第39回新田次郎文学賞受賞作。北海道を舞台に、明治から現代まで興り衰退した7つの産業を描く連作短編集。「うまねむる」は装蹄屋の父を持つ少年・雄一の視点から、馬と人との深いつながりを描く。
掲載誌:岩波書店『図書』2025年4月号(追悼 谷川俊太郎 特集)
著者:永井玲衣(ながい・れい) 1991年東京都生まれ。哲学研究者・エッセイスト。哲学対話を全国で実践。著書に『水中の哲学者たち』『世界の適切な保存』『さみしくてごめん』など。