2026年2月1日に実施された開成中学校の国語(50分)を、YS中学受験国語力研究室が全問解説します。2026年度は、文化人類学者・石井美保さんの随筆「石畳の小径」一題の出題でした。沖縄の集落を案内人とともに歩き、目の前の景色の奥に戦争の記憶が重なって見えてくる体験から、「書き留めること」「言葉の限界」「宛先のない祈り」へと思索が深まっていく文章です。形式段落の区切り、景色の変化の整理、五十字程度の記述二問など、開成らしく「文章全体を見わたす力」と「自分の言葉でまとめる力」が問われました。
出題構成と全体講評
- 文章は一題のみ。石井美保「石畳の小径」(随筆文)で、形式段落に①〜⑳の番号がついています。
- 設問は問一〜問八の八問。記述が四問(問三・問四・問六・問七)、段落分け(問一)、記号選択(問二)、抜き出し(問五)、漢字の書き取り(問八)が一問ずつです。
- 記述は「五十字程度」が二問(問四・問七)、「三十字程度×二」が一問(問六)、文章中の言葉を用いて空らんを埋める問題が一問(問三)でした。
2026年度の開成は、文章が一つだけのぶん、一つの文章をどれだけ深く、正確に読めたかがそのまま得点に表れる構成でした。問一で文章全体の組み立てをつかみ、問三で「景色の一変」を整理し、後半の問四〜問七で筆者の考えを自分の言葉でまとめる。設問の順番そのものが、この随筆の読み方の道筋になっています。
文章の概要
- 作品:石井美保「石畳の小径」
- ジャンル:随筆文(体験と、そこから生まれた考えを書いた文章)
- 登場する人物:筆者(「私」)、案内人の湧上(わくがみ)さん
筆者は、沖縄の集落で、案内人の湧上さんの後について石畳の小径を歩いています。サトウキビ畑と低い山並みが広がるおだやかな夏の風景の中で、湧上さんは「ここは水田だったんです」と語り、子どものころの遊びを語り、やがて戦争の記憶を淡々と語ります。その言葉とともに、目の前の景色は色を失い、かつての水田や、少年たちの姿や、硝煙のたなびく戦場が重なって見えてきます。
後半、筆者はこうした体験を「書き留めてみたい」と願います。しかし同時に、出来事のすべてを言葉にすることはできないという「限界」も自覚しています。それでも、出逢った人たちと、もうこの世にいない人たちのために書く。そして、書き留めた言葉が時空を超えてまだ見ぬ誰かに届き、形を変えながら受け継がれていくことを願う――筆者はその営みを「宛先のない祈り」にたとえています。
随筆文の読み方 ― 体験と考えを分ける
随筆文を読むときは、次の二つを見分けることが大切です。
- 体験の部分:「いつ・どこで・だれが・どうした」を意識して読む。この文章では、湧上さんの案内で集落を歩き、話を聞く場面です。
- 考えの部分:体験を通して筆者が考えたこと・感じたことを見つけ出す。この文章では、「書き留めたい」という思い、言葉の「限界」、そして「祈り」としての執筆です。
設問の問一も、まさにこの「体験(前半)」と「考え(後半)」の区別から出発しています。
重要な言葉・表現
- 「声とまなざし」:言葉の中身(情報)だけではない、声の響きや目の力といった「言葉以外のもの」。語り手の実体験の重みや、その場の雰囲気を伝えます。
- 「目の前の景色がその色を一変させる」:景色そのものが変わったのではなく、湧上さんの語りによって、筆者の目に映る景色の意味が変わったことを表しています。
- 「泡のように儚く不確かなもの」:語りを通して浮かび上がったイメージが、すぐに消えてしまいそうなものであることのたとえ。だからこそ筆者は「書き留めたい」と願います。
- 「彼岸と此岸」:あの世(死者の世界)とこの世(生きている人の世界)。語注にも説明があります。
- 「宛先のない祈りのように」:筆者の書く行為を「祈り」にたとえた表現。特定の誰かに向けたものではなく、届くかどうかも分からないけれど、届くことを願い続ける、という思いがこめられています。
設問解説
問一 意味段落の区切り
文章を意味段落一〜四に分けたとき、意味段落二・三・四の最初の形式段落の番号を答える問題です。設問文に「前半(湧上さんの体験を聞く場面)は話題の変化で二つに分けられ、後半(それをふまえて筆者が考えや思いを述べているところ)は『書き留めたいという思い』と『書き留めたものの届け先について』の二つに分けられる」と、大きな手がかりが示されています。
- 前半:①〜⑧は、石畳の小径や水田・フクギの木など、風景とかつての暮らしの話。⑨で「この土地に刻まれたもうひとつの歴史と時空間の層が、不意に露わになることがある」と述べ、⑩から戦争の話に移ります。したがって意味段落二は⑨から。
- 後半:⑫から、声と仕草を通して浮かび上がったイメージについて述べ、⑬で「書き留めてみたい」という思いが示されます。意味段落三は⑫から。⑮の終わりで「誰に向かって?」と問いが立ち、ここから届け先の話になるので、意味段落四は⑮からです。
二 ⑨ 三 ⑫ 四 ⑮
問二 「声とまなざし」の表現の理由(記号)
⑧段落の傍線部「語る人の声とまなざし」について、なぜ「言葉」ではなく「声とまなざし」という表現が用いられているのかを選ぶ問題です。
傍線部をふくむ一文は、「その場所を指差して語る人の声とまなざしは、かつてそこにあったものたち、そこに生きていた人たちの姿を束の間、懐かしいものとして浮かび上がらせる」となっています。語られた情報の中身だけでなく、声の響きやまなざしといった言葉以外のものが、かつての姿を浮かび上がらせているのです。
- ア「言葉では簡単に嘘をつける」:本文にない考えです。
- ウ「言葉は方言で不確かだった」:本文に根拠がありません。
- エ「信じがたい内容だった」:語られた内容を疑っている話ではありません。
- オ「身ぶりは土地に刻まれたもうひとつの時空間の層を浮かび上がらせた」:⑨段落の表現を使ったひっかけです。「身ぶり」の説明になっていて、なぜ「言葉」ではなく「声とまなざし」なのかに答えていません。
イ(情報の中身だけではなく、言葉以外の雰囲気から、実際にあったということが強く伝わるから。)
問三 景色の一変(記述・文章中の言葉を用いて)
⑫段落の傍線部「目の前の景色がその色を一変させる」について、湧上さんの話によって、どのような景色がどのような景色に変わったのかを、空らんA〜Cに文章中の言葉を用いて答える問題です。空らんの前後がどうなっているかを、まず確認しましょう。
- 意味段落一:サトウキビ畑と低い山並みの景色が、A(十字程度)の景色に変わった。
- 意味段落一:なかば立ち枯れた背の高い三本の常緑樹の光景が、B(二十五字程度)光景に変わった。
- 意味段落二:サトウキビ畑と低い山並みの景色の奥に浮かぶAの景色が、C(二十字程度)の景色に変わった。
Aは、③段落で湧上さんが「ここは水田だったんです。……ええ、もう全部、水田だったですよ」と語ったことで浮かんでくる景色です。「青々と風にそよぐ水田の景色が浮かんでくる」とあります。いま目の前にある景色ではなく、湧上さんの話によって浮かんだ、かつての景色だという点に注意しましょう。
Bは、④段落のフクギの木の話です。子どものころ木に登って枝渡りをし、上から飛び降りたという湧上さんの話から、「裸足で木の上によじのぼり、枝にぶら下がってはわら塚の上に飛び降りて、わらくずにまみれて笑い転げている少年たちの姿」が浮かびます。これを字数に合わせてまとめます。
Cは、⑩〜⑪段落の戦争の話です。「光と水の気配に満ちた風景は、その言葉とともに俄かに色を失う。かわりに現れてくるのは、黒い森の上にたなびく硝煙と、生きものの気配の消えた焼け焦げた地面だ」とあります。
いまの景色(サトウキビ畑)→ かつての水田の景色 → 戦場の景色。同じ場所に三つの時間が重なって見えてくる(イラストは解説用のイメージです)
A 青々と風にそよぐ水田〔の景色〕
B 少年たちが木によじ登っては飛び降りて遊ぶ〔光景〕
C 硝煙がたなびき、地面が焼け焦げた戦場〔の景色〕
問四 「書き留めてみたい」と思う理由(記述・五十字程度)
⑬段落の傍線部「書き留めてみたい」と筆者が思うのはなぜかを、⑫〜⑬の内容をもとに五十字程度で説明する問題です。
まずは結論から考えます。「書き留めたい」のはなぜか。ひと言でいえば「残しておきたいから」です。「消えてしまいそうだから」「不確かだから」だけでは、書き留める理由としては間接的で不十分です。結論から考えるクセがついているか、確認してみてください。
そのうえで、「何を」残したいのかを⑫〜⑬から集めます。
- 何を:記憶の一端を語る人の声と仕草を通して、ある場所に刻み込まれた出来事の残像が浮かび上がり、いま・ここにある風景と重なって現れたイメージ(⑫)
- どんなものか:「泡のように儚く不確かなもの」であり、書き留めなければ「消えてしまうかもしれない」もの(⑫〜⑬)
語り手の声や仕草を通して、過去の出来事が現在の風景と重なり現れた、消えかねないイメージを残したいと感じたから。
問五 「その限界」の内容(抜き出し・七十字程度)
⑮段落の傍線部「その限界」とあるが、「限界」があるとはどういうことか。「〜ということ。」につながる七十字程度の表現を⑫〜⑭から抜き出し、はじめとおわりの四字を答える問題です。
「〜ということ。」につながるので、文の終わりの形に注目します。「限界」に関係が深いのは⑭段落です。
⑭段落には「出来事をめぐる事実は部分的にしかわからず、語り手の経験そのものにふれることはできず、感じとったすべてのことを言葉にすることは不可能だ」とあります。ここが「限界」の中身です。
はじめ「出来事を」 おわり「不可能だ」
問六 「あなた方」が指す人々(記述・三十字程度×二)
⑰段落の傍線部「あなた方」とは誰のことを指すか、二種類の人々をそれぞれ三十字程度でまとめる問題です。筆者が「あなた方に恥じないものを、どうか書くことができますように」と祈る相手です。
手がかりは直前の⑯段落です。筆者は「その人たちのために」と言い、その人たちを次のように説明しています。
- この土地を訪れた余所者の筆者を受け入れ、時間をかけて自分の人生に起こったことを教えてくれた人たち。一緒に歩き、案内してくれた人たち。
- その人たちの語りや残された痕跡を通して筆者が出逢った、いまはもうこの世にいない人たち。
「二種類」と指定されているので、「生きている人(語ってくれた案内人たち)」と「亡くなった人(語りを通して思い起こされた死者たち)」の対で分けるのがポイントです。
・この土地で生き、直接私に体験を伝えてくれた案内人たち。
・この土地の人たちに語られることで存在が想起された多くの死者たち。
問七 「宛先のない祈りのように」にこめられた思い(記述・五十字程度)
⑳段落の傍線部「宛先のない祈りのように」には筆者のどのような思いが込められていると考えられるか、本文をふまえて自分の考えを五十字程度で述べる問題です。
- 「宛先のない」=特定の誰かに向けたものではない。⑲段落で、この文章の宛先は、出逢った語り手たちや死者たちであると同時に、「私のまだ出逢っていない誰か」「私のいなくなった後の世界に生きているはずの誰か」でもある、と述べられています。
- ⑳段落=書き留められた言葉は、受け取った人の「思いや感情や記憶」を織り込み、少しずつかたちを変えながら、「さまざまな声や言葉とつながっていく」。
- 「祈り」=届くかどうか分からなくても、届くことを願い続ける行為。
これらを合わせると、「自分の書いたものが時空を超えて、まだ見ぬ誰かに届き、受け取った人の思いで変化しながらも受け継がれていってほしい」という筆者の願いが見えてきます。
自分が書き留めたものが時空を超えてまだ見ぬ誰かに届き、届いた人の様々な思いで変化しながらも受け継がれてほしい。
問八 漢字の書き取り
- a (舗装された道路に)私たちがそれにソって歩いてきた → 沿って(「沿岸」「沿線」の沿)
- b 屋敷囲いをめぐらせたキュウ家 → 旧家(古くから続く家柄の家)
- c 海にノゾむ丘 → 臨む(目の前に見わたす・面する。「臨海」の臨)
- d それを受けとったそれぞれの人の思いや感情や記憶をオり込み → 織り(「組織」「織物」の織)
この文章で身につけたい読解スキル
- 随筆は「体験」と「考え」を分けて読む:どこまでが体験の話で、どこからが筆者の考えなのか。その切れ目をつかむと、問一のような段落分けにも、後半の記述にも強くなります。
- 景色の変化は「時間の重なり」として整理する:物語や随筆で風景が変わるとき、それは多くの場合、心情や認識の変化を表しています。この文章では、いまの風景・かつての暮らし・戦場という三つの時間が重なっていました。
- 記述は、結論を決めてから本文の根拠で肉付けする:問四なら「残したいから」、問七なら「受け継がれてほしい」。文末の結論を先に決めてから、本文の言葉で中身を足していきます。
まとめ
2026年度の開成中の国語は、石井美保「石畳の小径」一題の構成でした。沖縄の土地を歩きながら戦争の記憶と向き合い、「言葉で書き留めること」の意味を問う文章です。
開成の国語は記述の比重が大きく、本文を正確に読み取ったうえで、自分の言葉でまとめる力が問われます。問四・問六・問七のような記述では、「何を聞かれているのか」を正確につかみ、本文の根拠をはっきりさせてから書くことが大切です。
「表に見える風景」と「その奥にある記憶」の対比は、中学受験の国語でくり返し出題されるテーマです。目に見えるものの奥にある意味を読み取る力を、日ごろの学習で磨いていきましょう。