大問一:説明的文章 ― 難波優輝「物語化批判の哲学」
渋幕の説明的文章の特徴
渋谷幕張の国語は、大学入試レベルに近い抽象的な論説文が出題されることで知られています。本年度も哲学系の文章で、「メタファー(隠喩)」という概念そのものを論じた高度な内容でした。段落ごとの論旨を追いかけ、対比構造を見抜く力が求められます。
文章の概要
本文は、「人生はゲームである」というメタファー(隠喩)が私たちの思考や行動にどのような影響を与えるかを批判的に検討した文章です。筆者の難波優輝は、ゲームの美学を研究する松永伸司の議論を出発点に、このメタファーの功罪を多角的に分析しています。
まず、「人生はゲームである」という見立てが自己啓発本やSNSで広まっている現状を確認し、ゲームメカニクス(ガチャ・MP・フラグなど)の用語が日常に浸透していること、メタファーとは「特定の側面を強調し、別の側面を隠す」働きを持つことを説明しています。
そのうえで「攻略」思考(人生を効率的にクリアする対象として見る)や「ハック」思考(ルールの抜け穴を利用する)の危険性を指摘し、最終的には「ゲームデザインの構え」、つまりゲームそのもののルールを問い直し、よりよい設計を追求する視点こそが重要だと結論づけています。
重要キーワード
メタファー(隠喩)あるものを別のものにたとえて理解する表現方法。「特定の側面を強調し、別の側面を隠す」性質を持つ。
ゲームメカニクスビデオゲームにおけるシステムの総称。ガチャ、フラグ、MPなどの仕組み。
警句(けいく)物事の本質を鋭く短い言葉で言い当てた表現。格言。
証左(しょうさ)あることの正しさを証明する証拠。
ゲームデザインの構えゲーム(=社会の仕組み)そのものを問い直し、よりよい設計へ改善していこうとする視点。筆者が最も重視する考え方。
問題提起導入:「人生はゲームである」の現状整理
松永伸司の議論を引用し、メタファーが自己啓発本やSNSで広がる現状を確認。ゲームメカニクスの用語が日常に浸透していることを指摘。
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メタファーの分析展開①:メタファーの働き ― 強調と隠蔽
メタファーは「特定の側面を強調し、別の側面を隠す」。チェスの語彙→戦闘面が強調。「人生はゲームである」も同様に人生の一面だけを切り取る。
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問題点①展開②:「攻略」思考の危険
人生を「攻略」対象と見なすと結果主義に陥り、数値化できない困難や幸福を見落とす。弱者の切り捨てにもつながる。
問題点②展開③:「ハック」思考の限界
ルールの抜け穴を利用する「ハック」は一部の人だけが利益を得る行為。社会全体の不平等を拡大しかねない。
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筆者の主張結論:「ゲームデザインの構え」の重要性
ゲームのルールを攻略するのではなく、ゲームそのものを自らデザインする視点が重要。不正や不公平を是正し、全体のプレイ経験を高めるアップデートを繰り返すことこそ有効なアプローチ。
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特徴
既存ルールの中で効率を追求
人生観
人生=クリアすべきミッション
問題点
結果主義/数値化できない価値の喪失/不公平の拡大
特徴
ゲームそのものを問い直し改善
人生観
人生=みんなで楽しめるよう設計するもの
利点
不正・不公平の是正/全体の体験向上/多様な価値観の尊重
筆者の主張 → ゲームを攻略するのではなく、ゲームそのものをデザインする視点が重要
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設問解説
問一:漢字の読み書き
問一(a)「ケイク」を漢字に、(b)「削(ぎ落とす)」をひらがなに、(c)「ショウサ」を漢字に直す問題。
a 警句 b そ(ぎおとす) c 証左
(a) オスカー・ワイルドの有名な「警句」として… という文脈。警句とは物事の本質を鋭く短い言葉で言い当てた表現のことです。
(b)「削ぎ落とす」の「削」の読み。「けず(る)」と「そ(ぐ)」の二通りがあり、ここでは「そぎおとす」なので「そ」です。
(c)「証左」とはあることの正しさを証明する証拠。「証」=あかし、「左」は古代中国で左手に証拠の割り符を持ったことに由来します。
問二:語句の知識(見立て・メタファー)
問二(1)「見立て」の具体例として適当でないものを選ぶ問題。
(2)「メタファー」を使った例文として最も適当なものを選ぶ問題。
(1) イ (2) ウ
(1)「見立て」とは、あるものを別のものに見せかける技法です。ア(枯山水で砂を水に見立てる)、ウ(茶道の季節演出)、エ(落語で扇子を箸に見立てる)はいずれも、実物を使って別のものを想像させる「見立て」の例です。一方イ(和歌で梅を雪、紅葉を錦とする)は言葉の上での比喩的表現であり、物理的に何かを別のものとして扱う「見立て」の技法とは性質が異なります。
(2) メタファーは「〜のようだ」といった直喩表現を使わず、あるものを直接別のもので表す隠喩です。選択肢ウがメタファーの例として最も適切です。
問三:「人生がゲームをシミュレートする」の具体例
問三傍線部①の具体例として最も適当なものを選ぶ問題。「人生がゲームをシミュレートする」=現実の人生がゲームの仕組みに似てきている、ということ。
イ
選択肢イは「『親ガチャ』という言葉を知ることによって、親との不和に対しても結局は『運』だという視点が生まれるようになる」という内容です。ゲームの「ガチャ」の考え方を現実の親子関係に当てはめることで、現実をゲーム的に捉えるようになっています。これがまさに「人生がゲームをシミュレートする」具体例です。
問四:「ミッションクリア自体が至上命題になる」のはなぜか
エ
選択肢エは「人生を攻略すべきというメタファーは、問題を数字で表して単純化し、はっきりとした結果を出すことだけを目的としてしまう」という趣旨です。本文では「パラメーター化」によって人生の諸問題が数値化(成績・KPI・フォロワー数など)されると、分かりやすい結果に固執するようになり、ミッションクリアが至上命題になると説明されています。
問五:「人生はゲームである」メタファーの説明(記述)
問五傍線部③「このメタファーは何を際立たせ、何を隠すのだろうか」を、本文の(中略1)より前の内容をふまえて説明する記述問題。
このメタファーは効率性や生産性などの数値化される価値を際立たせるが、同時に困難や定義しづらい幸福、失敗がもたらす学びなどの数値化されにくい価値を隠してしまう。
「何を際立たせ」「何を隠す」の二つの側面を明確に書き分けることがポイントです。
際立たせるもの:効率性、生産性など数値化される価値
隠してしまうもの:困難、定義しづらい幸福、失敗がもたらす学びなど数値化されにくい価値
記述のコツ
「何を際立たせ、何を隠すか」と二つ聞かれたら、必ず両方に答えましょう。片方だけでは大幅減点です。「〜が、同時に〜」のように対比的につなぐと論理構造が明確になります。
問六:「ともすればおかしな物言い」の理由
問六傍線部④「ともすればおかしな物言いだが」と筆者が言う理由を選ぶ問題。
イ
選択肢イは「ゲームはそもそも楽しむための遊びであるにも関わらず、ゲームに熱中して傾倒するあまり、矛盾した表現になっている」という趣旨です。遊びであるはずのゲームを「ガチ」で攻略するというのは本来矛盾しており、筆者はその矛盾を指摘しています。
問七:「定められたルールを効率的に突破する」という発想しか出てこない理由
ウ
選択肢ウは「ルールを問い直したり再設計したりすることも本当は可能なのに、人生というゲームを攻略するというメタファーに囚われてしまうと視野が狭くなり、制度や規範は変更不可能だと思い込んでしまうから」という趣旨です。「攻略」の発想に囚われるとルールは「与えられたもの」として受け入れるしかなくなり、「ルールそのものを変える」という選択肢が視野から消えてしまいます。
問八:本文内容との合致(二つ選択)
問八本文の内容と合致するものをア〜カから二つ選ぶ問題。
ア・イ
アは「ルール自体を疑い、多くの人が納得できる制度設計を追求することが重要」で、筆者の「ゲームデザインの構え」と合致。
イは「効率ばかり求めず、無駄や失敗を面白がれる感性も大切にしてバランスを取るべき」で、本文の主張と合致。
ウ〜カは本文の論旨と照合すると不一致な部分があるため、正解はア・イです。
大問一のまとめ
筆者の主張は「人生をゲームとして攻略するのではなく、ゲームそのもののルールをデザインし直す視点が大切だ」ということ。段落ごとの論旨を追い、対比構造(攻略 vs デザイン)を意識して読むことがポイントです。
大問二:物語文 ― 北村薫「夜の蟬」
渋幕の物語文の特徴
渋幕の物語文は、心情を直接書かずにしぐさや情景描写で暗示する文学的な文章がよく出題されます。今年度は北村薫の作品で、大学生の「私」(妹)が姉との関係を振り返る回想を含む構成です。過去と現在の切り替えに注意して読みましょう。
文章の概要
出典は北村薫の『夜の蟬』。大学生の「私」が、気性の激しい姉に誘われて新潟県の弥彦へ姉妹旅行にやってきます。「私」は幼い頃から姉に緊張感を抱いており、旅先でもぎこちない態度。
弥彦神社を参拝し、五合庵を訪れる場面で、姉が事前にこの土地について調べてきたことに驚きます。蟬の声をきっかけに「私」は幼少期の恐怖体験を回想。夜に部屋に侵入した油蟬に怯え、「おねえちゃん」と何度も姉を呼んだ出来事が、姉を変える転機となりました。
終盤、「手袋が姉の手にあったのではなく、私の心に硝子の鎧があったのだ」と気づき、姉の愛情を受け入れられなかったのは自分が心を閉ざしていたからだと悟ります。竹とんぼが高く飛ぶラストシーンで、「……おねえちゃん」とつぶやく場面が感動的です。
登場人物
「私」⇄姉幼少期:姉のやきもち→蟬事件で姉が変化
「私」→姉現在:緊張感→旅で姉の真心に気づく
姉→「私」蟬事件後に姉として自覚→一貫した愛情
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場面の変化
場面① 朝の散歩(現在・弥彦)
朝食後の散歩。サンコウチョウの声。姉の知識に感心するも素直に言えない。
場面② 五合庵・弥彦神社(現在)
良寛の五合庵を訪問。姉が事前に調査していたことに驚く。神域で蟬の声を聴く。
〈回想〉場面③ 蟬事件(幼少期)
夜の部屋に油蟬が侵入。恐怖で動けない「私」。「おねえちゃん」と何度も叫ぶ。姉が変わる転機。
場面④ 姉の告白(現在)
「わたしは変わった」「結局はそういうこと」と姉が語る。姉としての覚悟。
場面⑤ 竹とんぼ・気づき(現在)
老人と竹とんぼの場面。「硝子の鎧は私の心にあった」と気づく。
場面⑥ ラストシーン
竹とんぼが空高く飛ぶ。「……おねえちゃん」。心は奔流のように姉に向かう。
場面①
姉の知識に感心するが素直に言えない
±
「いいかけて、はっと口をつぐんだ」→ 感心+もどかしさ
問四
場面②
蟬の声を聴く
±
一瞬化石になったように動きを失った→ 幼少期の記憶がよみがえる
問五
〈回想〉
夜の部屋に油蟬が侵入
-
「声を上げ、身を硬くした」→ 圧倒的な恐怖
問五
〈回想〉
「おねえちゃん」と何度も呼ぶ
±
恐怖の絶頂+姉を頼る安心感→ ★姉妹の絆が試される場面
問七
場面④
姉が「わたしは変わった」と語る
+
姉の愛情と覚悟を知り感動→ 大きなものに見詰められる感覚
問六・七
場面⑤
「硝子の鎧は私の心にあった」と気づく
±
自分が心を閉ざしていた後悔と気づき→ ★心情の転換点
問八
場面⑥
竹とんぼが飛ぶ。「おねえちゃん」
+
「心は奔流のように激しく姉に向かった」→ 感謝と愛情の噴出
問九
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比喩表現・象徴表現
「硝子の鎧」「私」が姉に対して心を閉ざしていたことの象徴。透明だが確実に隔てる壁。物語の核心をなす比喩。
「心は奔流のように」長年閉じ込めていた感情が堰を切ってあふれ出す様子。
竹とんぼが空を飛ぶ姉妹の心の解放と、高みへ向かう希望の象徴。
設問解説
問一:漢字の読み書き
問一(a)「清々」の読み、(b)「イギョウ」を漢字に、(c)「知己」の読み。
a すがすが b 異形 c ちき
(a)「清々しさ」=すがすがしさ。さわやかで気持ちがよいさま。
(b)「異形(いぎょう)」=普通とは異なる恐ろしい姿。蟬の不気味さを描写。
(c)「知己(ちき)」=自分をよく理解してくれる親しい人。
問二:良寛が敬愛した俳人
ウ 松尾芭蕉
良寛は松尾芭蕉を深く敬愛していました。本文中にも「荒海や佐渡に横たふ天の川」という芭蕉の句への言及があります。文学史知識として確実に押さえましょう。
問三:語句の意味
問三(ii)「笑いさざめき」(iii)「破顔し」の意味を選ぶ問題。
Ⅱ エ Ⅲ イ
「笑いさざめき」=大勢でにぎやかに笑い合う様子(エ)。「さざめく」は賑やかに声を立てること。
「破顔し」=顔をほころばせて笑うこと(イ)。「破顔一笑」の四字熟語で覚えましょう。
問四:「口をつぐんだ」理由
問四傍線部①「いいかけて、私ははっと口をつぐんだ」の理由。
イ
姉が事前にこの土地を調べていたことに感心して言いかけたが、姉が本来は別の人とこの土地に来るつもりで準備していた可能性に気づき、姉の事情を気遣って口をつぐんだ、という解釈です。
問五:「縛られた糸が解けたように」の行動理由
オ
蟬への恐怖で硬直していた幼い「私」が、姉の登場で安心し、一気に感情を解放して姉にすがった場面です。「縛られた糸が解けた」=恐怖による硬直が姉の存在で一瞬にして解けたことの比喩。
問六:「大きなものに見詰められている」理由
ア
姉の語りを通じて、幼い頃からこれから先もずっと続く姉妹の時間の大きさに圧倒される感覚を覚え、「大きなものに見詰められている」と感じました。「大きなもの」=姉妹の絆が持つ時間的な広がりと深さの象徴。
問七:「わたしは変わった」の記述
問七姉はどのように変わったのか、理由も含めて説明する記述問題。
妹にやきもちをやいて日頃から意地悪をしていたが、その妹が恐怖を感じたときに自分を何度も呼んだことから、自分たちは同じ血を分けた姉妹であり、自分は姉という立場を全うすべきだと悟ったから。
記述のポイントは3要素です。①変化前:やきもちで意地悪 ②きっかけ:蟬事件で「おねえちゃん」と呼ばれた ③変化後:姉としての自覚を持った。この3つを因果関係でつなぎましょう。
問八:「硝子の鎧」の気づき(記述)
問八傍線部⑤の「私」の気づきを「〜のではないかということ。」に続くよう記述。
姉の愛情が心からのものだと感じられなかったのは、自分の方が姉に対して心を閉ざしていたからそう感じられた〔のではないかということ。〕
「手袋が姉の手にあった」=姉の愛情がよそよそしく感じられたこと。「硝子の鎧が私の心にあった」=「私」自身が壁を作っていたこと。原因の所在を「姉→私」へ逆転させる構造を読み取ることが鍵です。
問九:「おねえちゃん」の心情(適当でないもの)
問九傍線部⑥の心情説明として適当でないものを一つ選ぶ問題。
ア
アは「尊敬する気持ちがあふれている」という趣旨ですが、この場面の本質は尊敬ではなく、長年のわだかまりが解けた後の姉妹の深い絆への感謝と愛情です。他の選択肢(イ〜オ)はいずれも本文の心情と合致するため、「適当でないもの」はアです。
大問二のまとめ
「硝子の鎧」という比喩が示すように、壁を作っていたのは「私」のほうだった、という逆転がこの物語の核心です。心情変化は+/-/±の切り替わりに注目しましょう。
全体のまとめ
受験生へのメッセージ
渋谷幕張2026年度一次の国語は、大問一が哲学的なメタファー論、大問二が文学的な回想を含む物語文と、どちらも高い読解力が求められる構成でした。
大問一では「対比構造」を見抜く力、大問二では「場面転換」と「心情の変化」を丁寧に追う力が試されています。「筆者・語り手が最も伝えたいこと」を段落・場面ごとに整理しながら読む習慣が、合格への近道です。