国語 大問3・大問4 徹底解説
2026年度のサピックス7月度組分けテスト(6年)国語から、読解の大問2題を取り上げて解説します。大問1(漢字)・大問2(慣用句・語句)は本記事の対象外とし、配点の大きい大問3の論説文と大問4の物語文にしぼって、文章の読み方・設問の考え方・解答の根拠を一つずつ整理していきます。
今回の2題は、テーマも文種もまったく異なります。大問3は「障害者とどう向き合うか」を問う社会派の論説文、大問4は転校した親友との再会をめぐる思春期の揺れる心情を描いた物語文です。人物相関図・心情変化表・対比構造図・段落構成図もつけましたので、復習の手がかりにしてください。
大問3論説文の読解
どんな文章か(要約)
筆者は、テレビで紹介されるパラスポーツの番組を入り口に、私たち健常者が障害者とどう向き合うべきかを考えていきます。ブラインド・サッカーや、義足を使う自転車競技を例に、パラスポーツは「健常」のスポーツをただ手加減したものではなく、障害のある人のために新しく考え出された、独自(オリジナル)のスポーツだと述べます。
さらに筆者は、パラアスリートの活躍を「すごい」と驚く気持ちの奥にひそむ「できる・できないで人を評価する能力主義的な見方」の“危うさ”を指摘します。そのうえで、能力の有無で人を測るのではなく、さまざまな「差異」をもつ人が、その存在ごと尊重される社会を目指すべきだ、という主張へとつなげていきます。
文章の骨組み(段落構成図)
この文章は「具体例 → 問題提起 → 主張」という論説文の王道の流れで組み立てられています。パラスポーツの具体例で読者を引き込み、その裏にある「能力主義の危うさ」を示し、最後に筆者の主張へと着地します。
いちばんの読みどころ(対比構造図)
論説文を読むコツは、「筆者が何と何を対比させているか」をつかむことです。この文章の中心にあるのは、次の二つの見方の対比です。ここを押さえると、問七・問八がぐっと解きやすくなります。
(筆者が“危うい”と感じるもの)
- 人を「できるか・できないか」で評価する
- パラアスリートの「できる」姿に驚き、存在を認める
- 裏返せば「できない」障害者を無意識に見下す
- 「健常」のスポーツを大前提にしてしまう
(結論・主張)
- 「できる・できない」の物差しを超える
- パラスポーツは「健常」と並び立つ独自のスポーツ
- 重い障害があっても、人は他者に意味を伝え、影響を与えられる「できる」存在
- 言葉にならない思いにも敬意と尊敬を払う
おさえておきたい重要語句
設問解説
接続語は前後の文の関係で決めます。Aは前の内容と逆の方向へ話が進むので逆接の「しかし」。Bは前の内容を言いかえ・まとめているので「つまり」。Cは前の内容に付け加えて話を進めるので「そして」。エ「たとえば」は具体例を挙げる合図ですが、今回の空欄はいずれも具体例導入の位置ではありません。
- a「契機」の「機」はきっかけ・おりの意味。同じ意味は「転機」(ア)。イ機械=からくり、ウ機密=重要な秘密、で意味が異なります。
- b「詳細」の「細」はこまかい・くわしいの意味。「委細(いさい)」(ウ)=くわしい事情、が同じ。ア細流は「ほそい」、イ細菌は生物の名称です。
- c「観戦」の「観」は見る(見物・観察する)の意味。「観測」(イ)が同じ。ア観念=考え、ウ外観=見た目・ようす、と用法が異なります。
ぬき出しは①内容の見当をつける→②本文の場所を特定する→③字数で確定するの3ステップで解きます。
①まず本文でパラスポーツを説明している部分を探します。2ページには「ブラインド・サッカーとは…視覚障害者のためのオリジナルなスポーツ」とありますが、これはブラインド・サッカーという一例の説明。設問は「パラスポーツ全体」を問うているので、②視覚障害に限定せず、パラスポーツ全体をまとめている一文(3ページ)を選びます。③そこにある「『健常』のスポーツと並び立つ、全く異質でオリジナルな(スポーツ)」が字数(25〜30字)に合い、はじめ5字「『健常』の」、おわり5字「リジナルな」となります。
本文からは、視覚障害のある選手たちが①視覚以外の感覚と②これまで生きてきた体験をもとに無意識のうちに周囲を判断していること、そして③そうした動きや判断はトレーニングを通してさらに研ぎ澄まされていることが読み取れます。この「体験・感覚」+「訓練」の両方をふくむのが選択肢ウです。
問四で確認したとおり、選手たちは日々のトレーニングでプレーを磨いており、その努力の過程は「健常」のアスリートと同じです。ところが健常者は「車いすの操作はむずかしかったが、おもしろかった」と、ほんの少し体験しただけでパラスポーツを理解したつもりになってしまう。つまり、共通点である「選手の努力」には気づかず、目立つ特徴的な部分だけを見て分かった気になっている——これが「一面的で皮相的」の中身です。この内容に合うのがエです。
空欄をふくむ一文の頭にある「この競技」は、直前の障害者が行う自転車競技を指します。本文にはその競技が「義足が体にぴったり合うよう改良され」「両膝と義足が一体化して力が最高に発揮される」と説明され、さらに「『健常』の人の自転車競技と同じではなく」と続きます。つまり空欄には、①義足の技術に支えられているという要素と、②健常者の競技とは異なる独自(オリジナル)のものという要素の両方が必要です。この二つをふくむのがイ「義足などの技術が溶け合った独自の(スポーツ)」です。
「危うさ」の直前にある「できるかできないか」という能力主義的な見方がカギです。パラアスリートの「できる」姿を見て驚き、その存在を認める——これは裏を返せば、ふだんは障害者を「できない」存在だと無意識に思い込んでいるということ。
(1)だからこそ筆者は、健常者が能力のない(と判断した)障害者を無意識に見下し、差別してしまうおそれを「危うい」と感じています(エ)。(2)そして、「できる」障害者だけを認めるということは、「できない」障害者には認める価値がないと切り捨てることにつながる——だから危うい、という理由になります(ウ)。
記述は結論から逆算して組み立てます。設問が求めるゴールは「差異をもつ人が差別されずに暮らせる社会づくりに必要なこと」。線⑥以降を読むと、二つの手がかりが見つかります。
- 手がかり①:「知的障害者の無言の願望や自己決定の表現」に対する理解と尊敬が大切だとある(=言葉にならない思いへの敬意)。
- 手がかり②:重い障害があっても、その人は他者にさまざまな意味を伝え、影響を与えることができている=「できる」存在だとある。
この二つを、問七で確認した「能力主義(できる・できないで測る見方)」と正反対の方向としてまとめると、模範解答のように「①思いに敬意を払い、②存在の価値を認めることで、③能力主義の価値観を変えていく」という三つの要素がそろいます。
大問4物語文の読解
どんな話か(あらすじ)
中学三年生の「わたし(ちさと)」は、中学二年の終わりに転校していった親友の貴緒(きお)と文通を続けています。今回、ちさとは貴緒と約束して、貴緒の住む街まで会いに行くことになりました。会えるのが楽しみで、電車が完全に止まる前に立ち上がってしまうほどです。
ところが再会した貴緒は、長かった髪をばっさり切っていて、しかもそれを事前に知らせてくれていませんでした。カフェで話すうちに、貴緒が美術部に入り、部員の家に呼んでもらえるほど新しい生活を楽しんでいることがわかってきます。ちさとは平気なふりをしながらも、しだいに嫉妬(しっと)と寂しさをおさえきれなくなり、つい貴緒に強くあたってしまいます。
別れ際、ちさとは充実した貴緒に「裏切られた」ように感じ、心の中で貴緒を突き放そうとします。けれども、そんな身勝手な自分の顔が電車の窓に映ったのを見て、ぞっとするのでした。
登場人物と人物像
ちさとの心情変化表
この物語は、ちさとの気持ちがプラスからマイナスへと大きく傾いていくのが読みどころです。特に「動揺を隠す」場面や「裏切られたつらさと自己嫌悪が混ざる」場面(=±の混在)は、入試でねらわれやすい重要ポイントです。
場面の変化
場面は「電車 → カフェ → 駅・モノレール(別れ)」と移り変わります。会えて嬉しい気持ちで始まった一日が、貴緒の充実ぶりに触れるにつれてこじれていく——その流れをつかんでおきましょう。
比喩・情景描写とその読み取り
この物語では、景色や食べものの描写が、そのままちさとの心を映す鏡になっています。物語文では「情景描写=人物の心情のたとえ」として読むのが基本です。
- 「ソースがじゅわじゅわと奥まで滲んでいって、柔らかくやわらかくくずれていくシフォンケーキ」… 一方的に感情的になってしまった申し訳なさ、わだかまりを打開できないやりきれなさなど、くずれていくちさとの心を重ねた描写(問六の根拠)。
- 「濃い灰色の空から、ぽつぽつと雨粒が落ちだした」「雨が強くなってきた」… こじれていく気持ちや沈む心と重なる雨の描写。
- 「窓に映った自分の顔」… 貴緒を突き放そうとする醜い自分を、客観的に突きつける鏡としての役割(問八の根拠)。
おさえておきたい重要語句
設問解説
いずれも刀にまつわることばです。(1)追い詰められた状態を表す「切羽詰まる」の切羽。(2)は「しのぎを削る(=激しく争う)」「つばぜり合い(=接近した激しい競り合い)」。武器の部位が、そのまま「激しさ」を表す慣用句になっている点がおもしろいところです。
非難する声のきっかけは、直前にあるとおり貴緒の「髪型がすっかり変わっていた」ことです。「……えっ? なんで?」「教えてくれたらよかったのに」という反応から、ちさとにとって髪を切ったことはまったく予想していなかった事実であり、しかも事前に知らせてもらえなかったことへの不満が、思わず声になってあふれ出たのだと読み取れます。この「予想外+報告がなかった不満」を正しくとらえた選択肢がエです。
直前には「ときどき皮肉の交じる話し方。くすぐったがるような笑い方」とあります。これは貴緒らしい仕草そのもの。久しぶりにその「貴緒らしさ」を目の当たりにして、ちさとは今こうして貴緒と本当にしゃべれているという喜びと実感をかみしめています。この喜びを的確に表したのがイです。
貴緒が美術部に入ったことが「さらりと明かされる。このごく短い時間に、ふたつめのニュース」とあります。貴緒には些細なことでも、ちさとにとっては今まで知らされていなかった重大な事実で、内心は動揺しています。それでも直後には「今度の部は自由に描けるの?」とごく自然に会話を続けています。つまり──線③は、動揺を「まばたき一回」だけでのみこみ、平然を装おうとする様子。これを表すのがウです。
この一言の背景には、はっきりとした嫉妬があります。ちさとは「まるまる二年間も一緒に過ごしたのに……貴緒の家にあげてもらえなかった」「今日だって……うちにおいでよなんてひとことも言ってくれない」と感じています。自分は一度も呼んでもらえなかったのに、新しい学校の子は呼んでもらえている——それが許せず、皮肉のかたちで貴緒に強くあたってしまったのです。この嫉妬をとらえたのがアです。
強くあたったちさとに、貴緒は「……ごめん」と謝ります。ちさとも謝ろうと口を開いた——そのタイミングで店員がデザートを運んできて、言いそびれてしまう。そして「しばらく無言で……シフォンケーキに夢中になったふりをした」とあり、二人の間にはわだかまりが残ります。
「くずれていくシフォンケーキ」の描写は、一方的に感情的になってしまった申し訳なさ・後ろめたさ・わだかまりを打開できないやりきれなさという、ちさとのマイナスの心情を強調するものです。これと合わない(=ふさわしくない)選択肢がイになります。
「気持ちが行動に表れている一文」という条件がヒントです。貴緒と会う前の電車の場面に、「(電車が)完全に止まるのが待ちきれなくて立ちあがったら……」という一文があります。電車が止まるのも待てないほど、会うのを楽しみにしている——気持ちがそのまま体の動きになっている一文です。はじめの5字は「完全に止ま」。
まず「そう考えた」の中身を確認します。直前でちさとは、心の中で「いいよ、もう別に。今のクラスには坂原さんがいるし。いざとなれば、むうこだって……」と、貴緒を突き放そうとしています。
会えるのを心待ちにしていたのに、実際に会った貴緒は美術部で友達もでき、とても充実していました。そのため、ちさとは「裏切られた」ように感じ、そのつらさをまぎらわせようと貴緒を切り捨てる考えにいたります。ところが、窓に映った自分の顔を見た瞬間、そんな身勝手で醜い自分を客観的に突きつけられ、「ぞっと」してしまうのです。
本文には「こんなとき、たとえば手を握ったりぎゅっとハグしたり……でも貴緒とわたしは、今までそんなふうにしてこなかったし、今もしない」とあります。つまり、二人はもともと別れ際にそういう触れ合いをしない関係だと読み取れます。したがって、それを根拠に「貴緒はちさととの別れを悲しんでいない」と解釈するのは行き過ぎで、本文からはそう言い切れません。この点が誤っているウが、「ふさわしくないもの」の答えになります。
まとめの一言
今回の2題は、「他者をどう理解するか」という点で実は根っこがつながっています。大問3は社会の中の他者(障害のある人)を、大問4はいちばん身近な他者(親友)を、それぞれどう受けとめるかを問う文章でした。
論説文は「筆者が何と何を対比しているか」、物語文は「気持ちがどこでプラスからマイナスへ動いたか」。この二つの軸を意識するだけで、読解は驚くほど安定します。今日の復習では、ぜひ本文のどの一文が解答の根拠になったのかを指でたどりながら、もう一度読み返してみてください。