【2026年度】第2回 NN早大学院中オープン模試 国語 徹底解説
岩渕功一『多様性とどう向き合うか』×吉行淳之介「童謡」。論説文の「二分法批判」と物語文の「自己崩壊の感覚」、二つの難文を図解つきで完全攻略します。
2026年度 第2回 NN早大学院中オープン模試(国語・100点満点)の解説記事です。今回のセットは、大問二が論説文(岩渕功一『多様性とどう向き合うか』)、大問三が物語文(吉行淳之介「童謡」)という構成で、どちらも早大学院の本番入試を強く意識した本格的な文章でした。
出題構成と配点
- 大問一:漢字の読み書き(8問・計16点)
- 大問二:論説文 岩渕功一『多様性とどう向き合うか──違和感から考える』(岩波新書)より・計42点
- 大問三:物語文 吉行淳之介「童謡」より・計42点
大問二・三ともに、記号選択・抜き出し・60字以内の記述(各8点)がバランスよく配置されています。とくに抜き出し問題の比重が高いのが今回の特徴で、「どこを探すか」の見当をつける力が得点を大きく左右しました。それでは順番に見ていきましょう。
大問一 漢字の読み書き
① 往復 ② 望郷 ③ 祝辞 ④ 器官 ⑤ 収(める) ⑥ 勤(めて) ⑦ なか(ば) ⑧ けいだい(境内)
注意したいのは④「器官」です。同音異義語の「機関」(エンジン・組織のしくみ)、「期間」(時間のはば)、「気管」(呼吸の通り道)と混同しやすい言葉です。「生物の体の中で特定のはたらきをするまとまり」という意味のときは「器官」と書きます。また⑧「境内」は「きょうない」ではなく「けいだい」と読む、読み問題の定番です。⑤「収める」も「納める・治める・修める」との使い分けがよく問われます。「成果を収める」はこの「収」です。
大問二 論説文:岩渕功一『多様性とどう向き合うか』
出典と筆者について
出典は岩渕功一(いわぶち・こういち)『多様性とどう向き合うか──違和感から考える』(岩波新書、2025年)です。筆者はメディア・文化研究の研究者で、日本とオーストラリアの大学で教えてきた人物。「多様性/ダイバーシティ」という流行語のかげで、実際の差別や不平等が見えなくなっていないかを問い直す一冊で、2025年刊行の新しい本からの出題でした。早大学院系の模試・入試は、こうした刊行間もない新書からの出題が目立ちます。
文章の要約
筆者が学内で多様性についてインタビューしたところ、「日本には多様性がない」と答える学生が多かった。しかし実際の日本社会には、エスニシティ・人種・LGBTQ+など、さまざまな差異を持つ人たちが共に暮らしている。日本は明確な移民政策をとってはいないものの、事実上、多くの移民を受け入れてきた多文化社会である。
それなのに「多様性があまりない」という認識が広がっているのはなぜか。筆者はその根本に「日本人―外国人」という二分法があると指摘する。この枠組みは、「日本人」を均質なまとまりとして認識させ、日本国籍を持つ移民、在日コリアン、アイヌ民族など「日本人の中の多様な差異」を見えなくする。そして、日本に移り住む人たちを「一時滞在の労働者」として扱い、「日本社会で生を営む市民」として扱わない。
その結果、さまざまな差異を持つ人たちの存在も、彼女ら・彼らが被る差別や不平等も見えにくくなり、社会全体で向き合うべき問題として共有されなくなる。これこそが日本の根本的な問題だ、というのが筆者の主張です。
段落構成:論の進め方をつかむ
この文章は「驚き(問題提起)→事実の確認→枠組みの批判→結論」という、論説文の王道の流れで書かれています。問九(本文の書かれ方)はこの構成がそのまま答えになるので、まず全体の設計図を頭に入れましょう。
対比構造:本文を貫く二項対立
この文章の読解の核は、「思いこみ」と「現実」の対比です。空欄補充(問二・問六・問七)も記述(問八)も、すべてこの対比の上に乗っています。
- 日本=単一民族国家という自己認識(問七)
- 「日本人」を均質な集団として認識
- 移り住む人々=一時滞在の労働者(問六C)
- 多様性があまりないという認識を生む
- さまざまな差異を持つ人々が共に暮らす
- 日本国籍の移民・在日コリアン・アイヌ民族など「日本人」内部にも多様性
- 移り住む人々=同じ社会を構成する市民(問六D)
- 実質的に多くの移民を受け入れてきた国
設問解説(大問二)
問一 語句の意味(a 実質的に/b 草の根/c 顕著となり)
a イ(事実上) b エ(大衆) c イ(際立ち)
a「実質的に」。日本は明確な移民政策を採っているわけではないが、移民を受け入れてきたという事実はある──この文脈を押さえると、「形式上はそうでなくても、事実のうえでは」を意味するイ「事実上」が選べます。
b「草の根」。本文では「草の根レベル」が「社会全体」や「国レベル(政策・法制度)」と対照的に使われています。国や制度に対して、民衆ひとりひとり・個人の側を指す言葉ですから、エ「大衆」が適切です。
c「顕著となり」。国外から日本に移り住む人が増える傾向が「1980年代後半以降から顕著となった」。後の段落で「日本は多民族国家になるのかどうかが議論されるようになった」とあるので、傾向がはっきり目立つようになったという意味のイ「際立ち」が合います。
問二 接続語の空欄補充(A・B)
A エ(それゆえ) B ウ(そして)
Aの前は「市民として生きていることが草の根レベルでもあまり認識されていない」、後は「差別や不平等が社会全体で共有されているとは言えない」。前が原因、後が当然の結果という因果関係なので、エ「それゆえ」です。
Bの前は「日本は実質的に多くの移民を受け入れている国です」(現在の話)、後は「今後は少子高齢化が進むなかで、さらに多くの移民を受け入れることが必然」(未来の話)。今の話に未来の話をつけ加えている(添加)ので、ウ「そして」が適切です。
接続語は「前後の文の関係」を式にして考えます。原因→結果なら順接(だから・それゆえ)、内容を重ねるなら添加(そして・さらに)。空欄に候補を入れて音読し、論理がつながるかを必ず確かめましょう。
問三 25字の抜き出し(多様性があまりないという認識は、どうなることで生じるか)
「外国人」が「(日本人」に相対する括りとして使われる)〔こと〕──はじめの七字「「外国人」が「」
「多様性があまりないという認識」を生み出す犯人は、本文全体で批判されている「日本人―外国人」という二分法です。ただし「二分法」という言葉のままでは「『こと』に続けられる形で二十五字」という条件に合いません。そこで、この二分法を言い換えた表現を探します。
最終段落に「『外国人』が『日本人』に相対する括りとして使われることで、『日本人』は均質な集団として認識され、日本社会における多様性が矮小化され……」とあります。ここが二分法の言い換えであり、字数・接続条件ともにぴったり合います。
① 内容の見当をつける(答えは「二分法」の言い換えのはず)→ ② 場所を特定する(二分法の説明は最終段落でくり返されている)→ ③ 字数と接続条件(「こと」に続く25字)で確定する。内容→場所→字数の順で絞るのが鉄則です。
問四 「基本的な事実を確認」する目的(記号選択)
ウ
筆者が(中略)以降で確認した「基本的な事実」とは、多くのマイノリティが暮らしてきたこと、外国籍住民が395万人余りいること、日本が実質的に多くの移民を受け入れている国であること。これらによって明らかにしたいのは「日本が多文化社会であるという現実の姿」なので、ウが正解です。
ア「企業の取り組み」は冒頭のインタビューの話で「基本的な事実」の中身ではありません。イは「日本社会が変化しつつある」ことが本文の趣旨とずれます。エの特定技能制度や育成就労制度は労働力不足への対応策であって、「多文化共生に向けた政策」とは述べられていないため不適切です。
問五 5字の抜き出し(外国人受け入れの背景にある社会の動き)
少子高齢化
傍線③のある段落の2つ前に「高齢化と少子化が急速に進む中で、今後はより多くの外国人労働者を受け入れる必要が議論され」とあり、さらに別の箇所で「今後は少子高齢化が進むなかで、さらに多くの移民を受け入れることが必然」と、5字ちょうどの言葉で言い換えられています。「高齢化と少子化」では7字でアウト。指定字数に合う形を本文から探し直すのがポイントです。
問六 空欄C・Dの組み合わせ(記号選択)
ウ(C 労働者/D 市民)
空欄を含む一文は「『日本人―外国人』という枠組みは、日本に移り住む人たちを一時滞在の【C】として受け入れることを前提としており、日本社会で生を営む【D】として扱っていない」。二分法のもとでは、移り住む人々は「日本社会の一員=市民」として認識されず、少子高齢化で不足する労働力を補う労働者とみなされている──という本文の論理から、ウに決まります。対比構造図の左右をそのまま当てはめる問題でした。
問七 6字の抜き出し(日本=【E】という考え)
単一民族国家
空欄Eは「いまだに根強く残っている」考えで、「多文化・多民族社会」と対立するもの。傍線②のある段落に「戦後の日本では、長い間、単一民族国家であるという自己認識が支配的になっていました」とあります。6字指定と「日本=【E】という考え」という文の形に合わせて「単一民族国家」を抜き出します。
問八 記述(46字以上60字以内):多様性が認識されないことで生じる問題
(例)多様な人々の存在や差別・不平等が見えにくくなり、社会全体で向き合うべき問題として共有されなくなるという問題。(54字)
筆者は同じ主張を二度くり返しています。問三で見た最終段落がまさにそれで、論理は次の三段階です。
頭の中では「結論(社会全体で共有されなくなる)→その手前の理由(差別・不平等が見えにくくなる)→さらに根本(存在が見えにくくなる)」と結論からさかのぼって整理し、書くときは根本→理由→結論の順に並べ直します。「存在」と「差別・不平等」の二つの不可視化を両方入れ、文末は「〜という問題。」で設問に正対させましょう。
問九 本文の書かれ方(記号選択)
ア
冒頭でインタビュー結果(「日本に多様性がない」という答え)をもとに問題を示し、事実やデータで「多文化社会という現実」を明らかにし、その後「日本人―外国人」という考え方の枠組みの問題へと論を展開する──段落構成図で確認した流れそのものなので、アが適切です。
イは「歴史の説明から始めて」が誤り(冒頭はインタビュー)。ウは「個人的な体験」も「政府の政策の是非」も論じていないので誤り。エは「外国人労働者の増加」が主な話題ではなく、「対応の遅れを批判」もしていないため誤りです。
選択肢を「出だし/中心話題/結び」の三つに区切り、それぞれが本文と一致するかをチェックします。一か所でも本文にない要素(イの「歴史」、ウの「体験」など)があれば、その選択肢は切れます。
大問三 物語文:吉行淳之介「童謡」
出典と作品について
出典は吉行淳之介(よしゆき・じゅんのすけ)「童謡」です。吉行淳之介(1924〜1994)は「驟雨」で芥川賞を受賞した「第三の新人」を代表する作家。「童謡」は1961年発表の短編で、短編集『子供の領分』などに収められ、教科書にも採られてきた名作です。高熱で入院した少年が、病気によって変わり果てていく自分の体と向き合う物語で、「自分の身体が自分でなくなる感覚」を描いた、観念的でレベルの高い文章でした。
文章の要約
高熱を発して入院することになった少年。病気馴れした友人は見舞いに来て、「蒲団の国へ行くわけだな。あそこはいいぞ」「君は蒲団の国の王様になれる」「静かに横たわっている大男になるわけだ」と、入院生活を楽しい幻想として語ってみせる。
しかし現実の高熱は少年の肉や血を燃料のように燃やし尽くし、少年は骨格だけの存在になってしまう。自分一人では起き上がることすらできず、少年は自分を「蒲団の国の王様」どころか「白い乾いた地面の上に投げ捨てられた死体」のように、「広大な砂漠の中に投げ込まれて、平べったくなってしまった小さなもの」にすぎないと感じる。見舞いに来た友人の生命力あふれる姿は別人のように見え、医師に命じられた歩く練習では、自分の体が自分のものでないかのような違和感に襲われる。友人は「昔おばあさんがあったとさ」という童謡──姿を変えられたおばあさんが「ああ、ああ、この身はわたしじゃない」と嘆く歌──を口ずさんだ。
ようやく一人で歩けるようになった少年は、病院の庭で見覚えのある少女に出会う。しかし少女は変わり果てた少年の姿に怯えに似た色を見せ、口を噤んで去っていく。他者の視線によって自己の崩壊が決定的になった少年は、蒲団を頭からかぶり、童謡の一節そのままに「ああ、ああ、この身はわたしじゃない」と暗い中で呟くのだった。
登場人物と人物像
- 少年(主人公):高熱で入院。かつては運動の選手で、細い横木に向かって力強く走り、高く跳べた。病気で肉が燃え尽き「骨格だけ」になり、自分が自分でなくなっていく感覚に苦しむ。
- 友人:病気馴れしていて饒舌。「蒲団の国」「静かに横たわっている大男」と、入院をユーモラスな幻想として語る。青白い顔だが「若々しい生命力」にあふれ、少年の目には「生きている人間」「別人」のように映る。
- 医師:「さあ、君、立って歩く練習をするんだ」と理不尽にも思える命令を下し、少年を回復へと導く現実の側の存在。
- 少女:「お見舞にきたの」と病院の庭で少年に声をかける。少年には見覚えがあり、少年が愛し自分に好意を持っていたと思っていた相手。変わり果てた少年の姿に戸惑い、怯え、口を噤んで去る。
- 童謡のおばあさん:友人が口ずさんだ童謡の登場人物。物売りのいたずらで見た目が変わり、家の子犬に吠え立てられ、「ああ、ああ、この身はわたしじゃない」と嘆く。少年の状況と重なる鏡のような存在。
若々しい生命力
元・運動の選手
骨格だけの体に
怯えて口を噤む
命令する
おばあさん姿が変わり嘆く
少年と重なる
場面の変化:三場面の構成をつかむ
解答解説でも示されていたとおり、この文章は三つの場面に分かれます。問四(対照的な言葉の抜き出し)は、この場面構成が見えていれば「第二場面を探せばよい」と一瞬で見当がつきます。
「少年は、高〜国なのだ」
「ところで、〜い出した。」
「少年は、よ〜じゃない」」
心情表現とその変化
直接的な心情語が少なく、しぐさ・比喩・体の感覚で心情を語らせるタイプの文章です。±の動きを整理しましょう。プラスとマイナスが入れ替わる箇所、混ざる箇所が設問の的になっています。
(第一場面)
(第二場面)
★特に重要
★クライマックス
比喩表現とその解説
この作品は比喩のオンパレードです。傍線が引かれていない比喩も含め、見つけたら線を引いて★マークをつけながら読む習慣をつけましょう。主なものを整理します。
- 「蒲団の国」「蒲団の国の王様」:入院生活を、蒲団という領土を治める王様の暮らしにたとえた表現。病気を楽しい幻想として描く第一場面の核です。
- 「静かに横たわっている大男」:枕を二つ重ねた小さな丘に頭を載せ、野や谷を眺める巨人のイメージ。寝たままでも世界を支配できるという幸福な幻想(問四で対照の基準になる表現)。
- 「白い乾いた地面の上に投げ捨てられた死体のよう」:高熱で骨格だけになった自分の感覚。王様の幻想が打ちくだかれたことを示します。
- 「広大な砂漠の中に投げ込まれて、平べったくなってしまった小さなもの」:「大男」と正反対の自己イメージ。大小(大男⇔小さなもの)と空間(横たわる⇔平べったい)の二重の対比になっています(問四の正解箇所)。
- 「手足は昆虫の肢のようにみえた」「脚はエンピツのようだ」:やせ細った体の直喩。元・運動の選手だった過去との落差を強調します。
- 「強靭なナメシ皮のように見えた」:友人の皮膚の比喩。内側から押し上げる「若々しい生命力」の象徴で、少年自身との対比を生みます(問五)。
- 「綱渡りをしてゆく曲芸師」「ピエロの恰好をして、わざわざ危うい足取りで綱を渡ってみせる芸人」:回復期のあやうい歩き方の比喩(問七)。こっけいさと痛々しさが同居します。
- 童謡そのもの:「ああ、ああ、この身はわたしじゃない」と嘆くおばあさんの歌が、少年の運命を先取りする作品全体の比喩(象徴)として機能しています。タイトル「童謡」の意味はここにあります。
主題
病気によって変わり果てた身体と、それを映し出す他者の視線によって、「自分が自分でなくなってしまう」感覚に襲われる少年の不安と喪失。「自分とは何か」というアイデンティティの揺らぎを、童謡という枠組みを借りて描いた作品です。友人の語る楽しい幻想(蒲団の国)と病気の現実との落差、そして少女の怯えた視線が、少年の自己崩壊を段階的に深めていく構造を読み取りましょう。
設問解説(大問三)
問一 語句の意味(a 饒舌に/b 徒らに/c 理不尽な)
a イ(多弁に) b ウ(ただただ) c エ(無理な)
a「饒舌に」は口数が多くよくしゃべる様子。病気馴れした友人は、自分の経験から語れることが多かったのでイ「多弁に」。b「徒らに」は、起き上がろうとしても手足がばたばた動くだけで体は持ち上がらない、という文脈から「むだに・ひたすら」の意でウ「ただただ」。c「理不尽な」は、自力で体を起こせない少年への「立って歩く練習をするんだ」という命令ですから、エ「無理な」が適切です。
問二 空欄Aに入る漢字一字
口(「口を噤む」)
変わり果てた少年の姿に戸惑い、怯えた少女が、「ええ」とだけ言って【A】を噤んだ──しゃべらなくなった、という場面。「口を噤(つぐ)む」で「話すのをやめて黙りこむ」という慣用表現です。知識がそのまま得点になる問題なので、慣用句は体の部分(口・目・耳・手・足)ごとに整理しておきましょう。
問三 助詞「の」の識別
ウ(「人影のない」=主格の「の」)
助詞「の」には ① 主格(〜が)、② 連体修飾格(〜の+名詞)、③ 同格、④ 準体格(〜のもの)があります。ア・イ・エはすべて後ろの名詞を修飾する連体修飾格。ウ「人影のない」は「人影がない」と言い換えられる主格なので、性質が異なります。「が」に置き換えて意味が通るかどうかが判定のものさしです。
問四 「静かに横たわっている大男」と対照的な32字の抜き出し
広大な砂漠(の中に投げ込まれて、平べったくなってしまった小さなもの)──はじめの五字
「大男」は第一場面の楽しい幻想側の表現。これと対照的な言葉は、幻想がくだかれた第二場面にあるはずだ、と場面構成から見当をつけます。第二場面冒頭で少年は自分を「広大な砂漠の中に投げ込まれて、平べったくなってしまった小さなもの」と感じています。
① 32字の指定字数に合わない、② 「大男⇔小さなもの」という大小の対比がない、③ 「横たわっている⇔平べったくなってしまった」という空間的広がりの対比がない、の3点で解答になりません。「対照的」とは対応する軸がそろって反対になっていること。字数条件はその確認装置です。
問五 友人が「別人のように見えた」理由(記号選択)
イ
友人は以前と少しも変わっていないはずなのに、青白い顔の皮膚が「強靭なナメシ皮」のように見え、「若々しい生命力」に押し上げられて見えた。「生きている人間の世界から、ずり落ちかけている」自分との対比で、友人が「生きている人間」=別人のように見えたのです。変わったのは友人ではなく少年の側の見え方だという点を押さえれば、イが選べます。
アは「自分の変化に気づいたことで」が因果のすり替え。ウは「顔つきが以前より強く印象に残った」描写が本文にない。エは「弱った自分の状態を強く意識したから」ではない上に「周囲の人間の見え方」が言い過ぎです。
問六 歩く練習のときの心情として適切でないもの
ウ
「適切でないもの」を選ぶ問題。設問の指示への線引きを忘れずに。ア(とまどい)は「力を籠める部分が失われている」から、イ(自分のものでない違和感)は脚を「エンピツのよう」と感じ「嘘のように、思えるな」と呟くことから、エ(自分が自分でなくなる不安)は「自分ではないみたいだ」という発言から、それぞれ本文で確認できます。一方ウの「冷静に見つめる」は、とまどいと不安のただ中にいる少年の状態と矛盾し、それを示す描写も本文にないため、これが正解(=不適切な選択肢)です。
問七 「危うい足取りで歩いていた自分」をたとえた11字の抜き出し
綱渡りをし(てゆく曲芸師)──はじめの五字
① 内容の見当:回復期のあやうい歩き方の比喩。傍線④の近くに「ピエロの恰好をして、わざわざ危うい足取りで綱を渡ってみせる芸人の姿」とあり、これがヒント。② 場所の特定:同じ「綱」のイメージは散歩の場面(問題冊子13ページ下段)にもあります。③ 字数で確定:「綱渡りをしてゆく曲芸師」がちょうど11字。同じイメージの表現が二か所にある場合、指定字数に合う方を選ぶのが抜き出しの定石です。
問八 記述(46字以上60字以内):「ああ、ああ、この身はわたしじゃない」と言った理由
(例)病気による体の変化と、他者の視線にさらされたことで、自分が自分でなくなってしまったかのような不安におそわれたから。(57字)
この言葉は、友人が口ずさんだ童謡の一節の引用です。童謡は、物売りのいたずらで見た目が変わり、家の子犬に吠え立てられたおばあさんが「この身はわたしじゃない」と嘆く歌。おばあさんの状況は少年とぴったり重なります。
逆順思考法で組み立てましょう。結論(なぜ言ったか)=自分が自分でなくなる感覚・不安におそわれたから。その原因は二つあり、①病気による体の変化(高熱で骨格だけになった)、②他者(少女)の視線(変わり果てた姿に怯えられ、変化を思い知らされた)。書くときは原因①②→結論の順に並べ、文末は「〜から。」で理由に正対させます。原因を「病気」だけにすると半分しか書けていないことになる点が最大のポイントです。童謡のおばあさんも「見た目の変化」と「子犬に吠えられる=他者の反応」の二段構えでしたね。
問九 表現の特徴(記号選択)
ウ
病気で苦しむ少年の具体的な描写や心情の変化を描きつつ、「蒲団の国」や童謡といったやわらかな表現を交えている、とするウが適切です。アは「専門的な言葉で客観的に」が誤り(実際は「血や肉が燃料として使われた」など感覚的でなまなましい描写)。イは「場面の描写はほとんどない」が誤り。エは「快方に向かう過程」を中心に描いているとは言えず不適切です。
重要語句・表現のまとめ
- 事実上(じじつじょう):形式・名目はそうでなくても、実際のところは。対義的な語は「形式上・名目上」。
- 草の根(くさのね):政府や組織ではなく、一般の民衆・個人のレベル。「草の根運動」などで使われます。
- 顕著(けんちょ):きわだってはっきりしている様子。
- 矮小化(わいしょうか):実際よりも小さく、ささいなことのように見せること。問三・問八のキーワード。
- 隠蔽(いんぺい):おおい隠すこと。
- エスニシティ/マイノリティ:民族性/少数派。論説文頻出のカタカナ語です。
- 饒舌(じょうぜつ):口数が多いこと。対義語は「寡黙(かもく)」。
- 徒らに(いたずらに):むだに。読みも頻出。
- 理不尽(りふじん):道理に合わないこと。
- 均衡(きんこう):つりあい。バランス。
- 口を噤む(くちをつぐむ):話すのをやめて黙りこむ。
その他、読み取りづらかった部分
大問二の「(中略)」の前後関係がつかみにくかったかもしれません。中略の前は「認識の欠如」という問題の提示、中略の後は「基本的な事実の確認」から始まる論証部分です。中略をはさむ文章では、前後で筆者の論がどの段階に進んだかを意識して読むとよいでしょう。
大問三の童謡の意味も難所でした。友人はなぜ突然童謡を口ずさんだのか──少年が「自分でないみたいだ」と答えたのを受けて、同じ感覚を歌った童謡を返したのです。少年は当初「この友人は、自分を憎んでいたのかな」と受け取りますが、少女との出会いを経て、童謡が自分自身の歌であったことを思い知ります。作中に挿入された歌・詩・手紙は、主人公の状況を映す鏡として置かれることが多い、と覚えておきましょう。
まとめ:受験生のみなさんへ
今回のセットは、論説文では「二分法という枠組みがいかに現実を見えなくするか」、物語文では「自分が自分でなくなる感覚」という、どちらも「見え方」そのものを問う骨太な文章でした。共通する解法はひとつ、本文の対比の軸を先につかむことです。思いこみと現実、幻想と現実、大男と小さなもの──軸が見えれば、抜き出しも記述も探す場所が自然に定まります。模試は失点した問題こそ宝の山。問四・問八の直しを、対比の軸を声に出して説明できるレベルまで仕上げて、次回につなげていきましょう。応援しています。
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